なぜ、日本企業は値上げに踏み切れないのか
日本企業の多くが、いかに値上げをするかに頭を悩ませている。値上げによる利益拡大どころか、原材料価格、人件費、輸送費といった様々なコストが高騰している今日においても(図1)、そのコスト上昇分すら価格に転嫁できていない企業が多い。この傾向は、主に営業による相対での価格交渉の結果、販売価格が決められる取引において顕著である。
本稿では、日本企業が値上げに踏み切れない特殊な背景を明らかにした上で、値上げを成功に導く方策を解説する。
最初に、そもそも日本企業はなぜこれほど値上げに及び腰なのか考えてみる。筆者は、これには3つの理由があると考えている。
理由1:交渉にあたる営業担当者に、値上げを行うインセンティブが働かない
1つ目は、値上げの交渉にあたる営業のKPIに「利益もしくは販売価格が含まれていない」、あるいは「含まれていてもこの指標が重要視されていない」ことにある。売上や販売数量のみで営業が評価される場合、営業担当者には値上げを行うインセンティブがほとんど働かない。値上げに成功した時の利益の増加幅に対して、売上の増加ははるかに小さいからだ。
例として、営業利益率が6%の事業の製品を10%値上げする場合を想定してみる。値上げが100%(=予定通り価格が引き上げられ、販売数量も減少しない状況)成功すると、営業利益率は6%から14.5%と2.4倍に増える一方で、売上は1.1倍にしかならない。さらに、部分的に値上げが成功して利益が増加する場合であっても、販売数量と売上は減少する可能性がある。したがって、売上や販売数量を重視する組織において値上げができないのは、ある意味当然のことと言える。
こういったKPIの下では、組織は値上げに対して、時には嫌悪感に近いほどの強い抵抗を示すため、平均販売価格や利益といった別のKPIを導入することが不可欠となる。
理由2:値上げを成功裏にやり切る“経験”や“組織力”がない
2つ目の理由は、値上げ経験の乏しさである。値下げは何の問題もなく実行でき、顧客に感謝されることすらあるが、値上げは当然だが困難をともなう。その難易度は、製品の競争優位性、価格の透明性、価格の絶対額、スイッチングコストなどによって異なるが、大なり小なり顧客からの抵抗に直面するため、これをどのように対処するか、組織の経験値が問われる。
値上げの経験に乏しい企業は、交渉が失敗することによる売上減少のリスクを往々にして過大評価し、必要な値上げに踏み切れないことが多い。日本企業の中には「失われた30年」とも呼ばれる期間、まったく値上げを行ってこなかった企業も存在する。こういった企業は、もはや値上げを実施するためのノウハウや知見を有していない。値上げを成功裏にやり切る組織力を失ってしまった状態と言える。
理由3:値上げ実行時の体系的なアプローチがない
3つ目の理由は、値上げを行う際の体系的なアプローチと組織サポートの欠如にある。値上げを成功させるためには、戦略と入念な準備が必要となる。だが、実際には納得性のある値上げの根拠や自社製品・サービスの訴求価値を特定することなく、単純な一律的値上げを行っている実態がある。さらに、組織として交渉戦術の策定、顧客からの反論に対する切り返しの準備、交渉テクニックのトレーニング、価格決裁のエスカレーションプロセスの規定なども行わないまま、値上げ交渉を営業個人に丸投げしてしまっている企業すらある。