MarkeZine編集部が企画・運営する教育講座MarkeZine Academyでは、7月17日にMOpsの導入前に必要な知識や、情報の整理を学ぶ1day講座「生産性を上げるMOps実践講座」を開催します。講座の開催に先立ち、同講座の講師を務める丸井達郎氏と廣崎依久氏による著書『マーケティングオペレーション(MOps)の教科書 専門チームでマーケターの生産性を上げる米国発の新常識』から、「第1章 MOpsの役割」の一部を抜粋してご紹介します。
※本記事は2023/05/24に公開した記事を編集したものです。
属人的なマーケティング運用
日本企業が抱える大きな課題として、属人的なマーケティング運用が挙げられます。マーケティングができる、特定の従業員にマーケティング運用を頼ると、その担当者が休職・退職・転職などをした際に「担当者本人しかわからないことが多く、どうしたら良いものか」という状況に陥ってしまいます。
このような運用方法ではこれまでの成功はただ有能な従業員を確保できていた、というだけで組織的にマーケティングを行っているとは言い難く、長期的な視点で考えるとビジネス全体に大変深刻な影響を及ぼします。
この状況をシステム開発などでもよく使われるCMMIモデル(組織がプロセス改善を行う能力を評価する指針)に当てはめて考えてみると、多くのマーケティング組織がレベル1もしくは2に属しているのが現状です。
これでは個人の感覚やそれまでの経験ベースで意思決定や判断をしていくため、組織にノウハウが蓄積されない属人的な状況が続いてしまいます。この運用方法を続けると、深刻なマーケター不足が続いている現代において人材獲得競争に勝ち続けない限り、長期的なマーケティングの成功は期待できません。
レベル4や5は反対に、組織としてマーケティングプロセスが構築できており、データドリブンな意思決定を通じて、計画的・効率的にマーケティング施策を実行できる状態を指します。
このように属人的なマーケティング運用から脱却するためにはマーケティング組織の体制を見直し、マーケティングプロセスを敷き、そこから学びを組織に吸収する仕組みを作ることが必要です。
専門性と協業が進むマーケティング部門
テクノロジーの重要性が高まる中、あらゆる業界の企業でレベニュー部門の専門性を強化し、協業体制を敷くことで成果を上げる企業が増えています。
欧米ではマーケティング部門でも専門部隊による協業体制が標準的に運用されていることが多く、マーケティング施策の企画や実行を通じてデマンドジェネレーションをリードするフィールドマーケターと、ツールの管理やマーケティングプロセス全体の統合をリードするMOpsという適正な役割分担とリソース配分が行われ、より専門性を強化したマーケティング組織構成と協業モデルの構築がされています。
MOpsの立ち上げに当たって考えるべき組織モデルについては第2章で詳しく説明しますが、MOpsは縦割りの組織として存在するケースが多く、マーケティング部門を横串で見ながら複数の事業や地域のマーケターをサポートすることに尽力しています。
この専門性の強化と協業の流れはマーケティングツールやテクノロジーが複雑化・高度化していく中で起きるべくして起きたものであり、マーケティングの各ポジションを専門職としてみなすべき事実を体現化しているものではないでしょうか。
実務者と管理者
このようにマーケティング部門内で専門性の強化と協業体制の構築が進む欧米では、MOpsと従来のマーケターの業務は明確に分けられています。
MOpsはマーケティングチームに所属しますが、施策の企画や実際の実行などは行わず、バックエンドの管理やプロセスの管理・運用を徹底することで、営業案件の創出を担当するマーケターの効率化をはかります。
MOpsの業務は一言でいうと、「人、マーケティングテクノロジー、マーケティングプロセスを横断的に俯瞰しながら戦術を作りメンテナンスすること」です。MOpsにとっての顧客はマーケティングチームで、彼らの業務は全てマーケティングプロセスマネジメントや効率性の向上に向けられており、施策の運用などの実務を行うフィールドマーケターたちが所属するマーケティング部門全体を管理する立場にあるのです。
一方、実際に施策の企画や実行を担当するフィールドマーケターは従来通り、ターゲットに対して効果的な施策を熟考し、デジタル広告やイベント、メールなど様々なチャネル上で実行に移すところまでを担当します。
このように明確な責任範囲があることはとても重要です。日々施策を大量に実行しているフィールドマーケターにMOpsの業務内容もやってもらうのは現実的ではありません。スキル面の課題がありますが、業務量的に難しいでしょうし、効率性を考えても管理者と実務者の責任範囲は明確に線引きするべきなのです。ものづくりの生産現場でも部品の組み立てをする方と機械のメンテナンスや管理をする方は違います。
これと全く同じことで、管理者であるMOpsは施策の生産性を上げる環境づくりに、実務者であるマーケターは営業案件創出の戦略・戦術設計に集中する、といったように専門性を持って協業することでマーケティング部門全体の効率性を高めるアプローチがマーケティングの世界でも取られているのです。
MOpsの役割(1) マーケティングツールの要件定義から導入
マーケティング部門が使うツールの数は増加傾向ですが、要件定義をせず、現状を理解しないまま最先端のシステムを導入しても、宝の持ち腐れ状態になってしまうケースが多々あります。
デジタル時代の今、ツールの選定と運用はマーケティング戦略や戦術に直接的に影響するため、テクノロジーを正しく理解・選択し、適切なツールの選定・導入・運用をするスキルが重要視されています。これこそ、MOpsの第一の役割です。適切なツールを選定するには技術的な知識はもちろん、自社のマーケティングの現状や戦略、ロードマップなどのビジネス的な要件も理解する必要があります。
MOpsが存在しない場合は、ITチームがこれを行う場合が多いでしょう。しかしマーケティングツールの管理者が部署外だと様々な支障をきたします。問題があるたびに彼らに頼らざるを得なくなり、ツールの知識やベストプラクティスは部内に蓄積されません。IT部門はもちろんマーケターではないため、現場に合ったツールの使い方や、施策運用に最適な設定などを必ずしも理解しているわけではありません。
ツールを最大限活用するためにも、マーケティング部署内でツールの検討、導入・運用、プロセスの策定、さらにはベストプラクティスの集約などを行う必要があるのです。
MOpsの役割(2) 社内に運用ルールと情報を共有する
ツールの選定や導入も重要ですが、部門内でそのツールを使って実現したい目的を果たすための運用方法やプロセスを策定することもMOpsの大きな役割の1つです。
例えばMAツールであれば、運用ルールや効率的なオペレーションプロセスを決めること、ソーシャルメディアの管理ツールであれば測定する指標を決めるなど、再現性のある運用方法を決めてプロセス化する作業にあたります。
これは見落とされがちですが、標準化された運用方法を誰かが決めなければ部門内でツールの使い方や理解の相違が生まれてしまうため、データの適切な比較ができずノウハウが一元化されませんし、そもそも運用方法が適切か、トラッキングするべき指標が合っているか否かも適切に判断できません。本格的な運用を始める前に丁寧に初期のプロセス策定をすることもMOpsの大事な責務の1つです。
ツールの運用ルールやプロセスは一度決めたら終わりではありません。運用している間に改善点が出てくることもあるでしょう。運用する中でたまったノウハウや、ベストプラクティスなどを全て記録し、その情報をアップデートして社内に共有するのもMOpsの役割の1つです。
ドキュメンテーションした情報は全て、Notionや、アトラシアン社が提供するConfluenceなどのプラットフォームにWikiページとして一元化し保存します。この社内Wikiページは誰でもいつでもアクセスできるようになっており、ノウハウやベストプラクティスに加えて今後のマーケティング計画を示したカレンダーや組織図、ミーティングの議事録なども追加されることが一般的です。
これはマーケティング部門全体のナレッジベースとなり、既存メンバーが参照できる情報源となるのはもちろん、今後所属するメンバーのオンボーディングにも活用することができます。
こうすることで会社全体のナレッジレベルを標準化すること、そして学びを担当者だけではなく組織にインプットする仕組みを作ることができるのです。
各施策をチケット管理
社内のマーケティングノウハウやベストプラクティスを一元化し、文書化することは組織に必要不可欠ですが、残念ながらそれだけではプロセスは実現されません。チームメンバー全員にそれを理解し実行してもらうためには仕組み作りが必要です。
効果的にMOpsの運用をしている企業では、JiraやAsanaなどのプロジェクト管理ツールによってチケット管理することでマーケティング施策の実行プロセスを体系化しています。これらのチケット管理では、MOpsが「キャンペーンリクエストフォーム」というものを運用しており、各施策を担当するマーケターがそのフォームに施策の目的や目標、施策の名称、日時、予算などの基本的な情報はもちろん、使用したいチャネル、必要なデザインリソース、ランディングページやメールプログラムの有無、計測するKPIや期待できるROIなどを入力し提出します。
提出されたフォームはCMOなどの責任者がチーム全体の目標に合っているか、KPIやROIが整っているかなどを確認・承認し、MOpsにボールが渡されます。
MOpsは施策の開始までに必要なタスクを洗い出してチケットを発行し、各担当にタスクをアサインし全体のプロジェクトマネジメントを進めます。
施策開始に必要なタスクが全て完了したらMOpsからキャンペーン担当者にボールが戻され、最終確認後に施策が開始されるという流れでキャンペーン管理が行われています。
チケットで管理するメリット
このキャンペーンリクエストフォームは効果分析や施策プロセスの改善において非常に大きな役割を果たしています。ここで入力されるデータは予算やオーディエンスなど、利用シーンが明確かつ計測が必要なデータで、マーケティングの収益効果と自動的に紐付くように設計されています。マーケティングの施策に関するデータが入力時にフォーマット化されているので、効果検証が非常に容易になる仕組みになっています。
このようにチケットによる管理を徹底することの一番の利点は、全施策のデータが同じフォーマットで整理されるため、過去施策の分析が詳細に行えるということはもちろん、MOpsチームが全てに目を通しているため、効率的にベストプラクティスやノウハウが蓄積されるということです。また、プロジェクト管理ツールを使うことでどこがボトルネックになっているのか、どのステップで停滞してしまっているのか一目でわかるようになるため効率化向上にも役立ちます。
例えば、「X業界をターゲットにYに関するウェビナーキャンペーンを立ち上げたい」というリクエストを受けたMOpsは、過去にX業界をターゲットに行ったウェビナーを洗い出し、ROIは良好だったのか、どのようなフィードバックがあったかなどを簡単に分析できます。
その分析をもとに、そのキャンペーンを行うべきか、ターゲットとコンテンツがマッチしているかなどのアドバイスができるのです。このようにチケット管理を徹底することで、施策に関する重要なデータを蓄積し、自社の貴重なデータベースが構築されていくのです。
Mopsの役割(3) データマネジメントと分析
マーケティングチームが扱うデータは膨大になっているうえ、様々なツールに横断してデータが介在していることも多く、現代のマーケティングデータマネジメントと分析にはとても高度なスキルが求められています。
もはやGoogle Analyticsなどのシンプルなツールだけではカバーしきれなくなったマーケティングデータは、BIツールやDMPなどを介して適切な管理・加工を行う必要があります。
マーケター全員にこのスキルを身につけさせるのは非常に難しく、各施策の効果検証から年次のマーケティングの収益への効果分析まで、専門的にデータを取り扱うのもMOpsです。
各施策の効果検証の際はMAやCRM(Customer Relationship Management:顧客関係管理)ツール上で定量的に行うことが多いものの、オフラインイベントなど施策の種類によっては、フィールドマーケターからのフィードバックや定性的なデータが施策全体の評価に必要なこともあるため、コラボレーションが重要になります。
また、年次の収益に対する効果検証など、複数のプラットフォームに介在するデータをつなぎ合わせ、データビジュアライゼーションツールなどを使って分析するような複雑なケースもあるため、データサイエンティストやデータ分析などを専門的に行うためのリソースを配置する企業も多くあります。
データ分析や管理においては欧米のMOpsチームでも苦労しているポイントです。BrandMaker(現Uptempo)による2021年の調査(BrandMaker「The 2021 State of Marketing Operations, A CMO Survey」)でも米国CMO・VPレベルの回答者の65%がオペレーションデータを意義あるインサイトに変換することに苦戦しており、41%はデータソースが多すぎて苦戦していると答えています。
このデータからもわかるようにデータ分析や管理ができる人材はMOpsの中でも特に貴重であり、人材獲得競争の激化や人材育成が強化されているのです。
MOpsの役割(4) マーケティングチームのテクノロジー教育
もう1つのMOpsの重要な役割、それがマーケティングチームのテクノロジー教育です。
どれだけ緻密に標準化された運用方法やプロセスを決めてもチームメンバーが理解して守ってくれなければ意味がありません。文書や研修などを通して正しいツールの使い方や社内のルールなどを教育することもMOpsの大事な業務の1つです。毎月数時間、フィールドマーケティングチームからの質問に対応するオフィスアワーを定例で設ける場合もあれば、ニーズに応じて研修を行う場合もあります。
新入社員のオンボーディングプロセスもMOps主導で行うことも多くあります。自社のマーケティングテクノロジースタックの紹介や各ツールの使用方法や権限、ルール、問題が起きた時のエスカレーション方法などを教育します。
しかし「データのエキスポート方法がわからない」「MAツールでマーケティングプログラムを複製する方法がわからない」など、細かい質問を受けているとその対応で時間が取られて、気づいたらMOpsが雑務係と化してしまう例もあります。それを防ぐためにも、先述したようにチーム全員がアクセスできる社内Wikiなどにツールの使い方や社内プロセスなど文書化したものを全て集約し、いつでも誰でも確認して自己解決できるように工夫する必要があるのです。
ただ、MOpsはあくまでもマーケティングテクノロジーツールの使い方や部門内のテクノロジーに関する知識の標準化という責任を担っているため、その他の一般的な人材育成やトレーニング(コンプライアンス・IT)は人事部などが主導で行います。
MOpsのスキルセットとキャリア
MOpsのスキルセット
マーケティング組織・テクノロジー・プロセスを横断的に俯瞰しながら戦術やプロセスを作りメンテナンスする立場にあるMOpsは、データ分析やテクノロジーの知識などのハードスキルさえあれば務まる役職ではありません。マーケティング部門のテクノロジー教育をリードしたり、マーケティング部門はもちろんセールスオペレーションなどを含む他部署、および経営層と近い距離で日々業務を行ったりするため、コミュニケーションスキルやファシリテーションスキル、そして人を動かすリーダーシップなどのソフト面のスキルも同様に重要です。
このような多様な才能を併せ持つMOps人材を見つけるのは容易ではありませんし、人材を獲得できたからといって安心できるものでもありません。テクノロジースキルなどは特に定期的なアップデートやリスキリングが必要になるため、継続した人材育成や投資が大変重要になります。
MOpsのキャリアパス
日本ではマーケティング「オペレーション」という言葉を「運用者」と捉え、比較的経験が浅い方が行う単純業務を担う役割だと認識してしまう方が多くいます。
しかし本来の役割は反対で、マーケティング組織・テクノロジー・プロセスを横断的に俯瞰しながら戦術やプロセスを作りメンテナンスするという立場からもマーケティング部門の中でCMOやマネジメントに一番近い存在であり、人気ポジションの1つになっています。
MOpsはすでに専門職とみなされているため、MOpsアシスタントからマネージャー、ディレクターとMOps内でキャリアを築いていく方も、フィールドマーケティングで数年キャリアを積んだ後にMOpsに転向する方、テクノロジーの知識を活かしてエンジニアなどテクノロジー部門からMOpsに転向する方もいます。
欧米でも人材獲得競争が激化しているため、それに伴い給与レンジも上昇傾向にあります。chiefmartec.comによる2022年の調査(chiefmartec.com「2022 MarTech Salary and Career Survey」)ではMOpsを含む、マーケティング部門のプロセスの統合をリードする人材(通称Maestro)の給与はデマンドジェネレーションやブランド活動をリードしている担当よりも26.6%高いというデータも出ているほど、需要の高いポジションになっているのです。
MOpsを経験した方が希望する次のキャリアステップのトップ3は33%がマネジメント、17%がMOpsに残って専門性を高めること、16%がマーケティング、営業、カスタマーサービスを統括するRevOpsへの転向と答えています(MOPros「STATE OF THE MO PRO RESEARCH 2022」)。
マーケティング部門の中でもデジタル改革の中枢を担うMOpsは求められるスキルの幅も広い分、キャリアアップにつながる人気の役職になっています。
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