シリコンバレーの磁力に引き寄せられた人たち
この独特の“磁力”を持つ地域には、実は大企業からの派遣を含め、多様な日本人(あるいは日本に拠点を持つ人)が滞在し、活動していました。そのうちの3人の方を紹介しましょう。

1人めは、医師の大嶽浩司先生(51歳)。スタンフォード大学の大学院Clinical Informatics Management(診療情報マネジメント)コースで学んでいると言います。
これまでの大嶽先生のキャリアは、極めて異色です。東大医学部を出て医師として働いた後に、シカゴ大学でMBAを取得、マッキンゼーで経営コンサルタントを経験しています。「師匠の故森田茂穂先生の教えなんです。医者の中に経営のわかる人間、ITのわかる人間、法律のわかる人間等が必要だ、と。で、僕はMBAへ」。言われてみれば、医師の中に別の専門性を持った人がいたほうが良いには決まってますね。もちろん、とてつもなく優秀な人の集まりだからこそできることですが……。
大嶽先生はその後、2016年に大学病院の副院長に就任。十分な数の集中治療専門医の確保が難しい中、米国で開発されたeICUと出会い、デジタルテクノロジーを活用して医療現場の改革に取り組んだそうです。医療×経営コンサルを越えて、さらに最先端デジタルテクノロジーの医療への活用にも踏み出したわけです。そして、そこをもっと極めようと、スタンフォード大学のあるシリコンバレーにやって来ました。「クリプト・カレンシー(仮想通貨)の動向にも、とても興味がありますね」と、医療×Web3の可能性についても、語ってくれました。

2人めは、静岡新聞社から派遣されている萩原諒さん(37歳)。共通の知人から紹介されてお会いすることになったのですが、静岡新聞(地方紙)とシリコンバレーが上手く結びつかず、“一体、何をしに?”という疑問が心に湧きました。萩原さんによれば「静岡新聞の企業変革」が目的で、WiLという日本企業からの投資を集めるVCのオフィスに、彼は2021年から席を置いているそうです。
ネットの時代となり、マスメディア各社の経営が厳しくなっていることは、僕も元々広告業界の人間ですから、痛いほどよく知っています。中でも地方紙の置かれている状況は、簡単なものではないでしょう。
「投資もしているのですが、それに付随する形でこの地で“社員研修”を受けることができ、それも当社にとっては大きな意味があるんです」と萩原さん。2018年以来、20名×4回、延べ80名が、デザイン思考やシリコンバレーマインドを学んでいる試みは、2020年の「静岡新聞社イノベーションリポート」として結実。幾つかのプロジェクトにもつながっているそうです。
大嶽先生と萩原さんはまったく異なる業界の方ですが、この地に特有の、いわば「シリコンバレー力(りょく)」のようなものを求めて、大変な労力とエネルギーを注ぎ込んで来ているという印象を持ちました。

そして、3人めの方は、アニス・ウッザマンさんで、「日本の大企業のシリコンバレーでの取り組みに興味があるのなら、ぜひ会っておくべき人がいますよ」と、知人に紹介されました。
アニスさんは、日本語がペラペラ。それもそのはずで、東京工業大学を卒業し、首都大学東京(現・京都立大学)で博士号を取得しているそうです。
アニスさんがCEOを勤めるペガサス・テック・ベンチャーズは、「日本の大手企業の皆さんのイノベーション促進をたくさんサポートしています」とのこと。投資案件はもちろん、出資をしない場合でも、スタートアップ企業との提携という形で、日本大手企業のイノベーション促進を支援しているそうです。
同社のWebサイトを見ると、実際に多くの日本の大手企業が参画しているようです。ここでもまた、僕の知らないところで、日本の大手企業も、「シリコンバレー力(りょく)」を求めているのでしょう。