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MarkeZine Day 2025 Retail

「欲望(Desire)」で紐解く、消費者の今と未来

2023年のヒット作品から「2024年の欲望」を予測してみる

物語から欲望要素を見つける方法

 次の作品分析に入る前に、我々が具体的に物語のどこを見て4象限冒頭の2つのSTEPである「1.欲望の発見」と「2.欲望の解消」を確認しているのかをご紹介します。

 筆者はシナリオの学校に通っていました。そこでまず習うのは、物語のおもしろさを決めるのは派手な演出やストーリー展開よりも(もちろんそれも重要ですが)、登場人物のパーソナリティ、心の動き、感情のズレ、困難に立ち向かう意識、理想への飽くなき意欲などの「登場人物が生々しく欲望する姿」であるということです。作り手の個人的な欲望は、描く人物の中に多く練り込まれているというわけです。

 ではどのように欲望を取り出していくのか。

 物語には普遍的な構成があります。古くはアリストテレスが芝居について「初めあり、中あり、終わりがある」と書き残していますが、それは今も変わりません。現在ではアメリカの脚本家シド・フィールド氏によって「三幕構成」として理論化されています。三幕構成とは、第一幕は状況設定、第二幕は葛藤と対立、第三幕は解決を描く構成のことです。東アジアでは「起承転結」が用いられますが、第三幕は「転結」が融合した概念ですので本質的には同じです。

一般的な三幕構成
一般的な三幕構成

 アリストテレスもシド・フィールド氏もテクニックとして三幕構成を開発したわけではなく、古今東西の物語を観察した結果、自然と三幕構成が採用されるケースが多いという普遍性を発見しました。舞台やドキュメンタリー、リアリティショーも基本的に同じです。もちろん例外はありますが。

 三幕構成は話法として日常会話やプレゼンテーションにも応用可能ですので、詳しく学びたい方は『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』(シド・フィールド著・フィルムアート社)をお勧めします。

『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』フィルムアート社 (2009/3/31)
『映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術』フィルムアート社(2009/3/31)

 三幕構成を先ほどの「登場人物の欲望する姿」として分解すると、第一幕では登場人物の置かれた状況の説明、これから解決しなければならない問題の提起があり、登場人物がそれに対してどのような欲を持っているのかが様々な手法で表現されます。従ってここで示されるのは、物語の骨格に関わる比較的大きな欲望ということになります。

 第二幕ではある目的に向かって進もうとする登場人物に様々な困難や選択の時が訪れます。葛藤とは自分の迷い、対立とは他者の妨害を指します。またミッドポイントと呼ばれる物語のちょうど真ん中で大きな状況の変化が起こることがあります。たとえば、ライバルに一度敗北するなど。我々はこれらのイベントに対する人物の中小の欲望を確認していきます。

 第三幕はクライマックスであり最大の見せ場です。ここでは第一幕と第二幕で発見された欲望がどのように解消されるのかが最大の焦点ですが、同時に登場人物の「欲望の変化」が生まれることが多く、劇中最後の欲の発見の場にもなります。難敵を倒した後、自分の目的は敵を倒すことではなく実は母親に愛されたかったのだと気づくというような。

 このように三幕構成を念頭に置けば、そこから消費者が受け取る欲望を抽出しやすくなります。これ以降の「価値観の変化」と「新しい欲望」の考察は先述した通りです。イチ鑑賞者として物語を主観的に楽しむだけでは欲望の抽出はできません。我々は分析モードになると客観的な視点で物語をFUKAYOMIします。

NETFLIXドラマ『サンクチュアリ-聖域-』から生まれるかもしれない現代人の欲望

 本年2023年に日本発で世界的ヒットになったNETFLIXのドラマ『サンクチュアリ-聖域-』(江口カン監督・金沢知樹脚本)をとりあげます。

 こちらも微妙にネタバレ注意です。

 あらすじを簡単に説明しますと「元柔道の選手で屈強だが素行不良の青年がお金欲しさに相撲部屋に入門する。力士になった彼は不良らしい傍若無人な態度で人気者になるが、伝統と格式を重んじる角界からは嫌われる。舐めた態度で鍛錬を怠りライバルに大敗北。その後、心を入れ替え、しかし実に彼らしい破天荒なやり方で周りを巻き込みながら厳しい鍛錬を行い、最後に再びライバルに立ち向かう」という物語です。完璧な三幕構成に仕上がっています!

 まずは最初の2象限を抽出します。

「FUKAYOMI」フレームワークに当てはめると

1.欲望の発見

ワルガキに角界の閉鎖性を打破し新しい風を吹かせてほしい

2.欲望の解消

伝統と格式に敬意を払いながらも、自分らしいやり方で力をつけた主人公の成長に感激

 不良的態度は一般的には賞賛されるものではないですが、既成概念やルールにとらわれないスタンスだからこそ古い体制に風穴を空けうる存在になるのではないかと視聴者は期待します。しかし最後に描かれるのは、角界が培ってきた文化と自分らしさを融合させた主人公の成長です。とても心地のよい裏切りにあった気分になります。

 後半の2象限にいきます。このドラマを楽しみ、そして世界でヒットしたというニュースを知った鑑賞者の心の中ではどのような価値観変化がありうるのか。我々はそれを「ガラパゴス」という切り口で考察しました。

 昨今「ガラケー」というレトロニムに代表されるように日本独自に高度に進化したものはややビハインドの状況です。身の回りをみればGAFAMを始めとした世界標準のものに溢れ、国内だけに通用するローカルなプロダクトは内需が強かった頃の名残として過小評価される傾向があります。

 しかし、コンテンツの世界ではローカルこそがおもしろいのです。それを日本人に強烈に示したのが韓国の映画業界の世界的成功です。2020年に作品賞を含む6冠をアカデミー賞で獲得した映画『パラサイト』やNETFLIX『愛の不時着』はその象徴となりました。両者ともに自国が持つ極めて固有の課題をテーマにしている作品です。

 当たり前ですが、世界標準化が進んでいるのはなにも日本だけではありません。グローバル経済は国というフレームを越えて良くも悪くも世界に同じ景色をつくっています。世界が均質化していけばいくほどローカルに固有のモノゴトに関心を寄せる力学が働きます。世界の旅行市場規模は現在でも8,000億ドルを超えていますが、2028年には1兆3,000億ドルを超えると言われています。ここにもその反動が見てとれます。

 だから日本固有の相撲を題材にしたドラマが世界に評価された、という単純な話を展開したいわけではありません。もちろん本作は相撲を「伝統と格式に縛られた国内にしか通用しないもの」だとしてグローバル価値を低く見積もっていた可能性に気づかせてくれます。

 しかしそれ以上に本作は「閉鎖的な環境に最適化した圧倒的にガラパゴスなもの」こそがグローバルで戦うのに強力な武器になりうることを我々に示したのではないでしょうか。これらは同じくNETFLIXで大ヒットした『全裸監督』や『舞妓さんちのまかないさん』、全世界ヒットした『RRR』などのボリウッド作品にも共通します。

 東京大学FoundXのディレクターである馬場隆明氏の伝説のスライド『逆説のスタートアップ思考』では、スタートアップの「初期は多様性なチームではなく、カルトであれ」と説きます。起業家の「思い込み」や「専門性」で唯一無二の独創性を素早く生み出すべきで、多様な意見にゆっくり耳を傾けるべきではないと言うのです。閉鎖的な思考や環境で独自進化した「何か」は、大外れするかもしれない代わりに大当たりする可能性も秘めていますこの考え方はビジネスにはもちろん、自分らしい人生をおくるためのヒントにもなりそうです。

 最後の2象限をまとめると以下のようになります。

「FUKAYOMI」フレームワークに当てはめると

3.価値観の変化

日本のガラパゴス的なものへの再評価。これこそ世界と戦う武器になるかもしれない

4.新しい欲望

市場や他者に耳を傾けることなく自分の思い込みを徹底的に反映して、独自性の強いプロダクトやライフスタイルを志向してみたい

次のページ
2024年の日本人のデザイアブルライフ

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この記事の著者

佐藤 尚史(サトウ ヒサシ)

株式会社電通 第2統合ソリューション局 プランニングディレクター

古今東西の人文知を武器に企業と社会をつなげるマーケティング戦略の立案とアイデア開発を行う。サービス設計からワークショップ企画、イベント実施まで行う究極のプランニング雑用係。個人的パーパスは「人を知ると社会がよくなる」。ポッドキャスト「ニンゲンラジ...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2023/11/07 09:30 https://markezine.jp/article/detail/43967

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