ホームビジット調査でニーズに寄り添った店舗設計
大里:良質な店舗体験を実現するためにディスプレイ設計で工夫されている仕掛けはありますか?

谷川:大型のイケアストアでは、敷地が非常に広大な上にホームファニッシング製品を約9,500点取りそろえています。そのため「買い物のしやすさ」や「商品の見つけ易さ」がディスプレイの設計に最低限求められます。その上で、お客様のニーズに合わせてディスプレイの設計を変えています。
たとえば、なんとなく部屋をアップデートしたいお客様に向けて、家の暮らしや実在するお部屋をそのまま切り取ったようなルームセットを作ったり、お目当ての商品が定まっているお客様に対して、家具を複数台並べて比較しながら試せる展示を用意したりしています。

谷川:このようにニーズに合わせてディスプレイを組み合わせることで、楽しいお買い物体験を提供しています。
大里:店舗でルームセットを見ていると、日本の住宅にフィットしたお部屋の提案がされているように感じますが、これらの商品は日本向けに開発されたものなんですか?
谷川:イケアの商品は基本的にグローバル共通です。各国で同じ商品を扱いながらも、活用シーンを変えたり、各国の住宅事情にフィットさせたりするなど、地域のカルチャーやマーケットに合わせて見せ方を変えています。
大里:国によってカルチャーや価値観が大きく異なる中で、商品を各国のカルチャーにフィットさせるためにどのような取り組みをされていますか。
谷川:イケアでは、商品開発の段階からホームビジット調査を大切にしています。家に訪れることで、地域の住居環境や各家庭でのニーズを知れるためです。こうすることでイケアの考えをお客様に押し付けることなく、各家庭のニーズに寄り添って提案ができるようになります。
またイケアでは、年に1回世界中の家を対象に「ライフアットホームレポート」といった調査も実施しています。この調査とホームビジットを組み合わせることで得られたインサイトを、商品開発やルームセット作りなどの店舗体験の設計に活用しています。
リアルな部屋作りを追求するための“ペルソナ”作成
大里:実際にルームセットを作る際の具体的なターゲットはどのようにして決めているんですか?
谷川:各店舗レベルでお客様や地域住民のデータを集め、それらを基にファクトベースでメインターゲットを決めています。しかし、当然メインターゲットの中でも家庭によってニーズは大きく変わります。
そこで当社では戦略を考える際には、ペルソナの作成を行っています。夫婦や子どもの年齢や、世帯年収、車の所有有無、趣味、子どもの習い事の内容などといった内容を細かく設定し、本当に実在するかのように世帯を見立ててルームセットを設計しています。こうすることで、メインターゲットのお客様が持つ趣向にピッタリ当てはまるお部屋作りが行えます。
大里:現在、「データを活用したマーケティング」を得意にしているマーケターは多くいます。一方で、そのデータを使って、正解のない“ペルソナ”を策定することは非常に難易度が高いことだと思います。このような手法でマーケティングを行うのは大変ではないですか?
谷川:ルームセット作りは企業カルチャーとしてイケアに根付いており、携わるメンバーは日々鍛錬して身体化しています。ペルソナを立てるためのデータやインサイトを集める部門、それを基に具体的なルームセットの設計するデザイナー、また、実際の売場での反応や売上をフィードバックする店舗スタッフ、適材適所で役割分担をしながら協力して作っているんです。この共創が機能すると、データを反映するだけの平均化された出来上がりではなく、リアリティと個性を持つルームセット」としてお客様の心に響くものになると考えます。