自動運転が実現しても「車のブランド」は残るのか
山崎:私が関心を持っているのは、やはり「自動運転」ですね。これが本当に実現してしまうと……大きく業界が変わると思います。「移動」が目的の人においては、ほとんどがカーシェアリングサービスを使うでしょう。「車を運転すること」それ自体が好きな人は、サーキット場などで思う存分走るようになるのかもしれません。
田中:となると、自動運転の時代には、自動車ブランドはどうなるんでしょうか。
山崎:ブランドがまったく関係なくなる、ということでもないように思います。飛行機の席にエコノミー・ビジネス・ファーストと違いがあるように、グレードを示すものとしてブランドが機能しそうです。結局、「保有」するから、ブランドが大事になるんですよね。
高田:私も、完全自動運転の時代になってもブランドの価値は変わらずに重要だと思います。今まで「運転の楽しさ」は、自動車ブランドの重要な要素だったかもしれませんが、それはあくまでも一部に過ぎません。
今年の北京モーターショーを見ても、クルマの概念は変わりつつあります。電動化が進めば、クルマは「動く部屋」になり、クルマの中で移動しながら暮らす「EVノマド」のような人も出てくるかもしれません。さらに、自動運転も含めてソフトウェアでクルマの機能が進化する「SDV(Software Defined Vehicle)」の時代になると、車業界の景色は大きく変わるはずです。
そんな時代になると、今までとは違った新しいブランドが登場してくるかもしれません。
田中:みなさん、ありがとうございました。未来の自動車ブランドについても話すことができ、とても有意義な鼎談となりました。
田中先生のあとがき
今回は車ブランドについて、エキスパートのお二人を招いて座談会を行うことができた。優れた自動車ブランドとはどのようなものなのか。またどのようにしたら優れた自動車ブランドができるのか。これが今回のテーマである
最初に話題になったのは、日本の車メーカーにはこれまで「ブランド」という意識が長年欠けていた、という事実である。しかしながら、日本のメーカー、とりわけ、トヨタなどはレクサスの登場を契機として、ブランド意識に次第に目覚めるようになった。
もちろんブランド意識を持たないから日本の車メーカーがダメであるということはない。私の考えでは、ブランド意識を持たなくてもブランドを構築することはできる。ただ、ブランド意識をもつことによって、より高い価値のブランドを効率よく育成することが可能になるのだ。
では、なぜメルセデス・ベンツやBMWは優れたブランドを育成することができたのか。BMWは1960年代に見舞われた企業の危機がきっかけであった。単に優れた車づくりをするだけでは、メルセデスに勝つことはできない。異なったブランドの知覚カテゴリーをつくり、そこでトップに立つことがBMWにとっては必要だったのだ。
一方、メルセデス・ベンツはさほどブランド意識を持たずに経営を続けてきたが、自動車メーカーとしての先発性、優れた性能が評価されて、ブランドの評判が独り歩きするに至る。こうした結果としてメルセデスブランドは高い価値をもつようになった。つまり高い価値のブランドを創出するためには、市場の条件を見定めてそこでどのような価値のブランドが求められるか、これを考える必要があるのだ。
欧州の車ブランドが高い価値をもち、そうしたブランド価値でグローバル市場に君臨してきたのは、顧客ロイヤルティを獲得するための高価格戦略が成功したためである。逆に言えば、こうしたハイブランド=高価格戦略が欧州車メーカーにとっては生き残る戦略であったともいえる。これに対してマス大衆を主要な顧客とし、高い生産技術を誇ってきた日本メーカーには、ハイブランド戦略よりも、信頼を売りにするマスブランドであることが市場において有利であったのだ。
このような流れに対して近年のテスラは、例外的に高価格帯でブランドを形成した成功例であった。しかし、市場の潮流が変わった現在、テスラのこれまでの戦略が依然として通用するかどうかはわからない。
この鼎談では、将来の見通しとして自動運転時代にブランドは必要になるのかどうかについても意見交換がなされた。今後ブランドを考えるうえで、このような自動車ブランドがたどってきた道筋を追ってみることは有用であると考える。この意味において、今回の座談会は画期的な意義をもつものであったと言えるだろう。
