消費者は「認知」で買うわけではない。コアプロダクトに広告投資すべき理由
『戦略ごっこ』(日経BP)にも書きましたが、ブランド成長のために真っ先に投資すべきはコアプロダクト(主力商品)です。しかし、往々にしてコアプロダクトは「売れることが当たり前」になってしまい、売上貢献の割にはマーケティング投資が少なくなりがちです。
「既に認知率100%に近いコアプロダクトを今さら宣伝して何になるのか」「それより新商品を売るために金を使ったほうがいい」というマインドセットの経営者も少なくありません。
しかし、消費者は認知で買うわけではありません。想起で買うのです。たとえば、広告を1年しなければ売上は平均して-16%、2年しないと-25%になると言われています(Hartnett et al., 2021)。メンタルアベイラビリティが減少していくからです。
いくらロングセラーで認知率が高かったとしても、マーケティングによる支援が必要なことには変わりないのです。むしろ費用対効果的に見れば、コアプロダクトを広告するのが最もROIが高いと報告されています(Binet & Field, 2018)。
実際、消費財15カテゴリーで9万以上のSKUを分析した研究でも、トップSKU(売上が最も大きいSKU)がブランド浸透率の約50%、売上の約40%を支えていると報告されています(Tanusondjaja et al., 2018)。
結論:シャンプー市場では「トップSKU+中間SKUの増分浸透率」が成長の鍵
さて、これは日本のシャンプー市場にも当てはまるのでしょうか?
ここで興味深いのがI-ne社のポートフォリオです。先の浸透率のグラフを見ると、YOLUはボタニストより少ないSKUで同水準の累積浸透率を獲得していることがわかります。つまりYOLUのほうがポートフォリオ効率は高いということです。本稿の冒頭で、「同程度の浸透率のブランドでもロングテールになるパターンもあれば、テールが短いパターンもある」という話をしましたが、ボタニストとYOLUはまさにこの関係になっているわけです。

累積浸透率の定義:各SKUを購買IDが多い順に並べ、複数SKU購買したIDは購買ID数が最大であったSKUにおいて浸透したとして集計。データの特性上、商品切り替え時やチェーン専用品などでSKU数が膨れている可能性がある。
ただし、トップ争いに食い込めるポテンシャルはボタニストのほうが高いかもしれません。というのも、グラフ下半分のブランドは、大半が「トップSKUが大きく浸透率を稼ぎ、残りはロングテールを描く」というパターンになっていることがわかります。それに対して、ボタニストはカーブが比較的“なだらか”です。
つまり、中間SKUが比較的MECEに増分獲得を積み重ねている一方で、トップSKUの増分獲得が控えめであることを示しています。実際、同じデータで各ブランドのトップSKUの貢献を割り出すと次のようになります。

集計期間:2023/06/05 ~ 2024/06/02。データの特性上、商品切り替え時やチェーン専用品などでSKU数が膨れている可能性がある。
シャンプーカテゴリー全体ではトップSKUが浸透率の約40%、売上の約34%を支えているのに対して、ボタニストのトップSKUは浸透率の約20%、売上の約15%とカテゴリー平均を大幅に下回っています(i.e., 約半分)。広告や流通を意図的に絞っているからかもしれませんが、直下のダヴと比べると対照的ですね(トップSKUが浸透率の70%、売上の60%近くを占める)。
■シャンプー市場における経験的一般化:トップSKUの貢献
先行研究:トップSKUが浸透率の約50%、売上の約40%を支える(Tanusondjaja et al., 2018)。
再現研究:シャンプーカテゴリーではトップSKUが浸透率の約40%、売上の約34%を支える。ただし、上位争いに食い込むにはトップSKUの強化だけでは十分とは言えず、中間SKUの増分浸透率が鍵を握る。
結論として、シャンプーカテゴリーでトップブランドの仲間入りをするには「トップSKUで大きく増分浸透率を獲得+中間SKUがそれぞれMECEに増分浸透率を獲得」という“合わせ技”が必要になります。データを見る限り、ボタニストに足りないのは前者です。逆に言えば、トップSKUの増分浸透率に注力し、メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティを高める戦略に切り替えれば、一気に4~5位あたりに食い込んでくるかもしれません*。
*シャンプーカテゴリーにおけるトップSKUは詰め替え用品なので、厳密には本体側の強化が重要という解釈になるかと思います。
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引用文献
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