※本記事は、2025年3月刊行の『MarkeZine』(雑誌)111号に掲載したものです
【特集】テクノロジーで変化する、社会、広告、マーケティング
─ CESは世界に挑戦するためのプラットフォーム アワード審査員が強調する、日本企業の魅力・ポテンシャル
─ デジタルと現実が結合した「Physical AI」の世界で、ブランドは提供価値に差異を作れるか?
─ AIは社会と人を豊かにできるのか?テクノロジー領域でマーケターが果たせる役割を考えよう
─ AIエージェント、フィジカルAIをわかりやすく解説 NVIDIAフアンCEOがCESで示した未来
─ AIエージェントで、人々の生活はどう変わる?
─ 広告業界の重鎮マーティン・ソレル氏が見る「AIとマーケティング」の未来(本記事)
ソレル氏がCES壇上で伝えたかった3つのこと
ソレル氏は世界一の広告コングロマリット「WPP」の創業者であり、広告・マーケティング業界において圧倒的な影響力を持つ人物。WPP離任後は、S4 Capitalを上場企業へと成長させた。
2024年12月に米国の広告HD最大手「Omnicom」(企業価値約2.4兆円)が、同じく米国の「IPG」を約2兆円で大型M&Aすると発表した。これから広告業界の勢力図が大きく塗り替わる可能性がある(買収完了は2025年中を予定)。
このタイミングで業界を代表するソレル氏がCESに登壇するとなると、業界の変革期におけるメッセージかと期待が膨らむ。SNS投稿を見ると、会場聴講者は「AIの可能性」「クリエイティビティ」「パーソナライゼーション」といった話題に注目したようだ。本稿は、以下3つのテーマの「行間」を読むための解説である。
1.AIによるパーソナライゼーションとメディアバイイングの進化
AIがマーケティングにもたらす影響として、ソレル氏は「コンテンツ著作権の視覚化」「ハイパー・パーソナライゼーション」「アルゴリズムの高度化」を挙げている。広告代理店においては、AI×人間によるクリエイティブ事業の進化が想起されやすいが、むしろメディアプランニングとバイイングの領域で人間裁量による事業価値が高まると指摘した。
2.AIのハイパー・パーソナライゼーションが引き上げる人間プランナーの価値
すべての企業がAIを活用し、ハイパー・パーソナライゼーションの自動化に頼ると、結果的に市場は類似の横並びになる、というのがソレル氏の予測。理由は、プログラマティック(自動)化が進むメディアプランニングやバイイングにおいては特に、人間の創造性こそが差別化要因となり、人間プランナーの価値を高めるからだ。
3.AIがもたらすメディアコストの透明性
AIによる広告業界事業モデルの変革が進むと、「Non-Workingメディアコスト(広告メディア枠を買う以外のコスト)」が最適化(コスト減)する可能性がある。Non-Workingメディアコストとは、具体的にはプランニングコストやクリエイティブ開発、クリエイティブの調整コストなどの社内人件費を指す。これらの「手間のかかる(不透明な)人件費」にAIを活用することで、メディア取引全体の大幅な効率化が期待され、なおかつ広告業界の取引構造に透明性をもたらす可能性がある。
関連する話題として、ソレル氏は最後の10秒間で次のような発言をしていた。
「Why still don't know what they paid for TV spot in Japan?」
日本市場ではテレビ広告の料金について(ネット広告の料金がこれほど開示されている現状にも関わらず)、広告主がどのような基準で、どのような対価として支払っているのかがいまだに明示化されてないのは、いったいなぜなんだ(AI化の前に考えてみればいい)。
これは「AI時代のマーケティング投資の透明性」に関する日本へ強烈なシグナルだ。日本を騒がせているテレビCMスポットのキャンセル構造とも無縁ではなかろう。