アドビ・IBMが見つめる生成AI活用の現況
――企業のマーケティング活動における生成AI活用の状況をお二人はどうご覧になっていますか?
若松:グローバルでは、マーケティング領域の生成AI導入は事例が増えていますし、活用が進んでいます。日本でも生成AIに取り組む企業が増えていますが、マーケティング領域での活用はまだまだ伸びしろがあると感じます。

国内大手広告代理店、および国内大手通信会社のデジタルマーケティング・グループ、大手MAベンダーの取締役を経て現職。近年は顧客接点の再構築はもちろん、それにともなう従業員変革、生成AIを活用したマーケティングの高度化支援など、マーケティング領域を軸としたDX領域を強みとしている。
マニッシュ:若松さんに完全に同意します。その背景には、「そもそも生成AIを活用できるデータ環境が整っているのか」「AIは商用利用できるデータを使って学習しているか」といった様々な課題があります。「生成AIの活用が事業に与えるインパクトの計測」もその1つですね。
とはいえ、生成AIを活用するという方向性は世界共通であり、今後の企業活動に大きなインパクトをもたらすことは間違いないでしょう。
両社が進める生成AI活用の取り組み
――両社は長らく企業のデジタル変革に取り組んでいます。生成AIについてはどのようなソリューションを提供しているのでしょうか?
マニッシュ:アドビでは10年以上前からAdobe Creative CloudへのAI機能搭載など様々な形でAIを実装してきました。生成AIプロダクトとしては画像・動画生成AIの「Adobe Firefly」(以下、Firefly)を2023年3月に発表しています。レスポンシブルAI(責任あるAI)というAI倫理を第1に考え、安心・安全なプロダクト開発がなされています。

1998年来日。製薬/自動車/リテール業界のデジタルマーケティング・ITプログラムにおいて20年の経験を持つ。2013年にアドビへ参画後は、主に大型のグローバルPJを担当し、直近は戦略マーケティング担当として、企業のDXのアドバイザーを対応。
マニッシュ:企業と消費者間のコミュニケーションが複雑化する中、コンテンツ制作に生成AIは欠かせないと考えています。なぜなら企業は最適なチャネルで最適なオファーを最適な顧客にベストタイミングで提示しなければ、選ばれる存在になれないからです。
アドビはパーソナライズの重要性を提唱し、実現の支援を続けてきました。このパーソナライズを進化させ、デジタルエクスペリエンスを向上していくために生成AIを有効活用することが、弊社のコンセプトです。
若松氏:私たちは「IBM watsonx」(以下、watsonx)という生成AIプラットフォームを提供しています。watsonxはカスタマーサービスをはじめ、システム開発や営業、人事領域など幅広い現場で活用できます。ChatGPTなどの生成AIを取り入れてPoCを展開している企業もあれば、一部業務にwatsonxを活用する企業もいます。
さらに、コンサルティング事業部ではお客様の環境や要件に合わせ、様々な生成AIを最適に組み合わせたAIアセットを活用して提案を行っています。業界に特化したAIアセット、または特定の業務領域に特化したAIのアセットをグローバルで準備しており、順次日本でも展開していく予定です。
――両社は以前からパートナーシップを組んでいますね。どのような狙いがあるのでしょうか?
若松氏:アドビとIBMは、2015年に戦略的提携を発表しており、顧客体験の変革支援などに取り組んできました。アドビはクリエイティブやデジタル・エクスペリエンス領域に関するトップランナーです。そしてFireflyの登場とともに、両社のパートナーシップを拡大し、マーケティング領域における生成AI活用支援を進めています。
具体的には、Fireflyを活用したコンテンツ制作と、watsonxなどの生成AIを業務全般に適用して業務の効率化・高度化を支援するというものです。このため、IBMもマーケティング領域にFireflyを実際に導入・活用し、大きな成果を上げることができました。そのノウハウを様々な企業に展開していきます。
IBM、Firefly活用でエンゲージメント26倍を実現
――IBMではFireflyをどのように活用し、どのような成果を上げたのでしょうか?
若松氏:先ほど、複数のAIアセットを準備しているとお伝えしましたが、マーケティング領域のためのアセットが「IBM Consulting Marketing Workbench」です。こちらを先駆けて活用し、Fireflyを業務に取り入れました。
具体的には、ソーシャルチャネルを活用し、CxO層に向けてIBMのブランド・キャンペーンである「Let’s Create」を訴求する施策を実施しました。

ソーシャルチャネルでサービスを訴求するには、テキストと画像が必須です。しかしCxOは様々なロールを持ち、嗜好やニーズも異なります。パーソナライズには膨大な量のコピーや画像を制作しなくてはなりません。そこでFireflyを活用し、大規模コンテンツを自動制作してキャンペーンを実施することにしました。
ベースとなるコンテンツをFireflyが自動生成したことで、これまで10日間かかっていたコンテンツ制作期間がわずか2日で完了しました。さらに、施策を通してエンゲージメントは26倍も向上しています。
――効率化だけでなく、成果の向上を実現できた点が大きいですね。
若松氏:そうですね。やはり自社でどれだけ成果を出るか試すことで、お客様に安心感とパフォーマンスを約束できると考えています。そのために先行して挑戦したのですが、良い成果が出たと感じています。
生成AIは自社に適した組み合わせ・活用が重要
――AIアセットのIBM Consulting Marketing Workbenchという言葉が出てきました。これはプロダクトではないのでしょうか?
若松氏:「アセット」と呼んでいる理由は、一口にマーケティング領域と言っても業務もロールも要件も様々で、「この生成AIを導入すれば解決できます」という単純なものではないからです。

戦略部門はどんなミッションを持ち、どのような業務があるのか。戦略を受けて施策を考える企画部門は、何を目的にどのようなことをしているのか。そして施策に必要なコンテンツを制作・運用する制作運用部門は、どんな数字達成を目指し、何をしているのか。こうした各ステップにおいて、どの生成AIを選び、どの業務に適用できるかを検討し、成果を測っていかなくてはなりません。
そうした知見が結集されたものがIBM Consulting Marketing Workbenchであり、IBMのコンサルタントが企業のお悩みに合わせて、Fireflyをはじめとしたアドビ製品や、様々な生成AIを組み合わせてソリューションをご提案します。

――単に「業務現場で生成AIを使いたい」ではなく、要件や目的を深堀りしてビジネス成果につながる生成AI活用を支援していくわけですね。そのためには、やはり特定の生成AIに偏ることなく幅広い提案が必要になりますね。
若松氏:おっしゃるとおりです。AIエンジンによって得意分野があるので、ベストプラクティスを取り入れていくのが成功のポイントだと思います。
マニッシュ氏:そうですね。マーケティング・コミュニケーションには、プランニングとエグゼキューションの2つがありますが、アドビはどちらかと言うとエグゼキューションの効率化、スピードアップ、生産性に強みがあります。まさに「最適な方に、最適なコンテンツをベストタイミングで届ける」という仕組み全体を構築できるのがアドビのソリューションです。
若松氏:これらの生成AIをどう活用していくか、その方法は企業ごとに異なります。さらに言えば、生成AIだけにこだわる必要もありません。たとえば、生成AI登場前に使われていたルールベースAIも併用し、定型業務が得意なルールベースAIを生成AIが使って業務を自動化するということもできると思います。
今、IBM Consulting Marketing Workbenchを使ったPoCを各社が開始したフェーズです。今後、事例として共有できる機会を作れるのではないかと思います。
生成AI導入に向けて押さえたい3つのポイント
――AI活用のための知見やソリューションが支援サイドに整っていることがよくわかりました。導入サイドである企業がAI活用のために進めるべき準備や留意事項があれば教えてください。
マニッシュ:3つあります。第1に、ベースとなるデータが整備できているかどうかです。生成AIと言えば、どうしてもコンテンツ制作だけが主眼になりがちですが、マーケティング・コミュニケーションを進めるうえでは、自社のお客様に対する理解が必要になります。
ところが多くの日本企業はデータがサイロ化しており、時には定性的な非構造データであふれているというケースがあります。マーケティング領域で成果を出すには、こうしたデータを整備しておかなくてはならないという点がまず1つです。
第2に、生成AIのハルシネーション問題にどのように対応するかです。生成AIに依存せず、アウトプットをきちんとコントロールできる仕組みを整えなくてはなりません。
第3は、第2の問題とも関係するのですが、「生成AIのアウトプットを活用することに問題はないか」という視点です。特に画像やイラスト、動画などのコンテンツの利用に当たっては、それが商用利用できるものなのか、そのAIエンジンはきちんと許諾を取ったデータを学習しているのかなど、事前に押さえておくべきポイントはいくつかあります。
今回のIBMさんとアドビの取り組みでは、こうした懸念にもしっかり対応できるように対応しています。
若松:そうですね。データ活用の環境整備などはIBMのデータ・コンサルタントがご支援しますし、データの利用許諾に応じて必要な連携などを行います。
問題は、生成AIのアウトプットを業務でどのように活用していくかという点です。マニッシュさんからもあったように、生成AIのアウトプットを過信して、後から商用利用の問題が発覚した場合に被る損害は計り知れません。日本企業の大半は、そうしたリスクを恐れて生成AIが制作したクリエイティブも社内利用にとどまっています。
だからこそグローバルに比べて活用が遅れているのも事実です。グローバルではIBMにも社外向けの生成AI活用の事例は多数ありますが、日本ではリスクがハードルとなってなかなか進みません。こうした状況を考えると、アドビさんとのパートナーシップ強化は意義深いと感じます。
マニッシュ:Fireflyは、アドビが提供しているコンテンツストックサービス「Adobe Stock」のデータを使って学習していますからね。Adobe Stockのコンテンツは学習の許諾を取ったものだけです。Fireflyの成果物を安心して使うことができます。

マーケティング変革を目指すために大切な視点
――最後に、生成AIでマーケティングを変革したいと考えているマーケターにメッセージをお願いします。
若松:マーケターの業務は、ブレーキではなくアクセルを踏むこと。ですから「業務すべてをAI化しない」という視点も大切です。たとえ期待される費用対効果が高くても、難易度が高い業務であればやはり無理はしないこと。生成AIが登場して数年です。技術進化のスピードは速くとも、生成AIを活用した業務推進に人は慣れていません。難易度が低く、導入しやすいところからスタートしたほうが成果を実感しやすいと思います。
たとえばペルソナ設計やカスタマージャーニーマップの作成時に、対話型AIを使って会話しながら作業を進めてみることもおすすめです。いわゆるAIを用いた“壁打ち”ですが、そうした作業を繰り返すことでプロンプトの書き方が身に付きますし、生成AIの活用方法が徐々に見えてきます。その経験がクリエイティビティの発揮につながると考えています。
ただし、利用する生成AIが本当に安心・安全なのかを見きわめることは非常に重要です。信頼できる環境で、生成AIを活用してクリエイティビティを最大化していきましょう。
マニッシュ:少子高齢化が進む中、社会的には「生成AIを活用して人手不足を補おう」という流れがあります。その狙いは理解できますが、個人的にはむしろ生成AIを活用して「新しいビジネスのあり方を探る」などの挑戦があってもいいと考えています。マーケターの方は、ぜひ戦略分野で生成AIを活用し、新しい可能性を切り開いていっていただきたいと思います。
――新しい可能性を切り開く生成AI活用への意識や、安心・安全に成功の実感をともないながらAI活用を進めることの大切さを感じます。具体的に、いかに実践するか?については両社の知見やアセットが役に立つのですね。本日はありがとうございました。