想起形成、すなわち「広告」の本質は?
藤平:僕が『戦略ごっこ』を読んでもう1つ思ったのは、示されているエビデンスの1つひとつは、シンプルでプリミティブなもの、もっと言うと“使えるものが多い”ということです。広告業界には、びっくりするくらい企画が鋭い人が時々いますが、その方々が大事にされていることが『戦略ごっこ』でも示されているなと。
たとえば、シンプルなDBA(ロゴやカラー、ジングル、キャラクターなどの独自のブランド資産)の重要性や、商品のユースケースは消費者の中にあるものだからCMではその選択肢を広げればいい(決めつけ過ぎないほうがいい)、といった話は優秀なCDから受けてきた教えにかなり近いです。
先ほどの話にも繋がりますが、目線が内に向いてしまって「藤平オリジナルインサイト」とか「藤平オリジナルセオリー」を出さねば、という発想になりがちという悪い癖にも気づけました。
芹澤:広告会社の悪い癖の1つとして、ちょうどその話をしようと思っていました。幸い僕の周りにはあまりいないんですが、変化球や新しさを過剰に正当化する人たちが一部にいますよね。まずは何より、今までにない新しいことを……! みたいな思考が行き過ぎていると感じることがあります。
想起形成の本質は、「本当に今までに存在しない新しさ」をゼロから創り出すことではありません。「消費者がすでに知っていることの新しい解釈」です。すなわち広告とは、消費者の中にあるエピソードや連想にブランドという“アンカー”を打ち込み、カテゴリー需要が発生したタイミングで巻き取る作業に他なりません。

藤平:博報堂という会社に限って言えば、広告業界の国内トップの電通さんがいるからこそ、安易にベストプラクティスに落ち着かず「別解」を出してやろう、というカウンター的な精神や矜持が培われてきたのだと思っていて。僕は、この「別解」を出そうとする姿勢は誇るべき資産ですし、クリエイターに必要な粘りだと思っています。
ただ、エビデンスを踏み台にし、ベストプラクティスに限りなく近いところまで迫った上で、クライアントや生活者にとって価値のある別解を生み出せるのであれば、それは僕たちに残されている大きな可能性ですよね。広告会社の領域・競合が拡張している今、そうして戦略的に生存していかないと本当にヤバいという危機感も最近はあります。
芹澤:広告会社もこれからコンサルと張っていくのであれば、差別化だけでなく、独自性の観点がより重要になっていくでしょうね。よく「アートとサイエンスの融合」と言ったりするわけですが、実際にそれをやってみたらいい。それができるのは、というか、それをすることで増分価値を生み出せるのは、今のところ広告会社が一番近いのではないでしょうか? 本当にそれを体現できる人って、けっこう少ないと思います。
広告会社のよくない癖(改善点)が見えてきたところで、続く後編では「広告会社が変容・進化していくために必要なこと」をエビデンスベーストで考えていきます。