高まる「精神的な豊かさ」への希求
物質的な豊かさが満たされた現代、生活者の関心は「モノ」から、目に見えない「精神的な豊かさ」へとシフトしているのではないでしょうか。この仮説を裏付ける新しい生活者トレンドとして、我々は「SBNR」というキーワードに注目しています。
SBNRとは「Spiritual But Not Religious」の略で、2000年代に米国で広まった概念です。米国では伝統的にキリスト教が社会の精神基盤とされてきていましたが、1970~80年代以降、国民がキリスト教会に所属しない傾向が強まってきていました。こうした実態を捉えた書籍『Spiritual but not Religious(宗教的ではないがスピリチュアル)』(Erlandson 著)が2000年に刊行され、その書名(ないしその頭文字の省略語であるSBNR)が書籍刊行後、米国の宗教事情ならびに精神事情を表すものとして広く使われるようになっていきました。
SBNRを直訳すると「無宗教だがスピリチュアル」となりますが、日本では「スピリチュアル」と聞くと「占い」や「霊」といった概念を思い浮かべる方が多いため、この言葉に違和感を覚えたり、特定のサブカルチャー的なイメージを抱いたりする読者もいらっしゃるかもしれません。
英語圏における「Spiritual」という言葉には「精神的な」「崇高な」という意味があり、日本で受け取られるよりも、もう少しニュートラルな言葉として受け取られています。
そこで我々は、このSBNRという言葉を、「スピリチュアル」という言葉を使わず、もう少し精緻に定義することを試みました。我々が定義したSBNRとは「特定の宗教を信仰しているわけではないが、物質的な豊かさだけでなく、自身の精神的な充足や心の豊かさを大切にする人々」です。彼らの関心は、ヘルシーな食事やマインドフルネス、自然とのふれあい、サステナビリティといった、現代的で先進的な価値観に向いているのが特徴です。
米国のシンクタンクPew Research Centerの調査によると、米国ではSBNR層が2012年の19%から2017年には27%へと拡大しており、グローバルで無視できない生活者セグメントとなりつつあります(図1)。物質的な充足が行き着いた先に、人々が新たな価値観を求め始めていることの表れといえるでしょう。

日本のSBNR層の実態、データで見る「意外なプロフィール」
では、日本のSBNR層はどのような人々なのでしょうか。我々が実施した調査からは、興味深い実態が浮かび上がってきました。
まず驚くべきは、その規模です。調査によると、アメリカやフランス、インドといった国々ではSBNR層が20%以下の割合にとどまる一方で、日本のSBNR層の割合は43%にのぼります(図2)。特定の宗教への帰属意識が低い文化的背景も相まって、日本は世界でも有数の“SBNR大国”となっているのです。

さらに、彼らのデモグラフィックデータを見ていくと、マーケターとして見過ごせない特徴が明らかになります。年代別に見ると、SBNR層は若い世代に多く、特に20代では48%と半数に迫る勢いです(図表3)。これは、SBNRが未来のスタンダードな価値観になる可能性を示唆しています。

また、性別ではやや女性が多く(57%)、平均世帯年収は678.1万円と、全体平均よりも72.1万円高くなっています(図4)。つまり、SBNR層は可処分所得が高く、消費意欲も旺盛なポテンシャルターゲットなのです。事実、彼らは健康(59.1%)、旅行(53.2%)、食生活(45.0%)といった分野への関心が全体より高く、明確な消費意欲を持つ有望な層だといえます。

彼らのライフスタイルは、決して特別なものではありません。「心をととのえるためにやっていること」という質問に対しては、「ヘルシーな食事(50.2%)」「お風呂(62.7%)」「十分な睡眠(80.6%)」といった回答が上位を占め(図5)、日々の暮らしの中に精神的な充足感を得るための工夫を取り入れている姿がうかがえます。
