デジタルツインによるマーケティング施策は既に実用段階へ
AIが自律的に施策を練り上げ、テストマーケティングを行う未来はそれほど遠くない。横井氏は、デジタルアーティスト「ボーカロイド」の北米におけるファンマーケティングでこうした手法が取られた具体事例を紹介した。
同取り組みでは、まずSNS発言からファンのマインドマップを作り、ファンを複数のセグメントに分類。従来なら数ヵ月かかったクラスタリングが自動で可能となり、各層が何に価値を置き、どの文脈で発信しているかが迅速に把握できたという。また、ファンの熱量の年次推移を重ねたところ、2020〜2021年の特定層の急増がTikTokやYouTubeの波と同期していたこともわかった。
データから読み解いたこれらのインサイトを基に、専門知識を持つエージェンティックAIがマーケティング施策のアイデアを立案。このアイデアを、SNS、映像コンテンツ、音楽制作などの各専門家エージェントで膨らませては絞り込み、施策のブラッシュアップを行った。できあがった最終案をファンコミュニティのエージェントでテストマーケティングしたところ、およそ数%単位での態度変容が見込める結果が出たため、実在の「ボーカロイド界隈」の観測とも整合したという。
同じようなプロセスで、BtoBの食品包装材を手掛ける印刷総合会社でもAIを活用し新商品開発を行った。経済学者や政治学者、社会学者エージェントが出した「未来予測」を基に、食品包装の専門家エージェントが「食の未来像」と「包装に求められる価値」を導き出し、商品開発からシミュレーションまでをデジタル上で行うというものだ。
担当者一人での自社サイト運用を実現した、アクセンチュアのエージェンティックAI活用
そんなエージェンティックAI時代において、商品/コンセプト開発からマーケティングに連なる一連の業務や働き方はどのように変わるのだろうか。
従来は、商品コンセプト開発から市場検証、コミュニケーション施策の立案まで、多数の人間の関係者がリレーのようにバトンを渡し、時間と労力をかけて前へ進めてきた。横井氏は「近い将来、マーケターを中心にプランナー、メディアプランナー、コンテンツ制作者、コピーライターに相当するエージェントが常時待機し、商品/コンセプト開発からマーケティングまで一気通貫で進められるようになり、かつて1〜2週間を要した運用・制作が、適切な分担設計の下で数十分に短縮できるようになります」と展望した。
では、エージェンティックAIと人の業務分担は、どのような割合で行うべきなのか。横井氏が示した米国の調査では、営業やマーケティング、クリエイティブ・メディア、金融・会計、コンサルティングなど様々な分野でどれくらいの業務移管が可能なのかリサーチを行ったもので、「全職種で平均42%の業務がAIによる自動化が可能」という結果が出た。マーケティングに至っては、業務の44.3%がエージェンティックAIへの移管が可能だそうだ。
実際に、アクセンチュアでも自社サイト運用にエージェンティックAIを取り入れており、国内のWebサイトすべてをたった一人の担当者が運用しているという。運用ページ数は、コーポレートサイトだけでも新規に生み出される量が年間1,400ページと膨大だが、1ページあたりの更新箇所の公開リードタイムはわずか30分ほど。かつて人間だけで運用していた時は平均1〜2週間かかっていたという事実から、生産性が大きく向上したことがわかる。
横井氏は「この動きは、人間を排除するということではありません」と強調。アクセンチュアが支援している国内企業も「人間の知見も取り入れたい」「最終的には人間が品質を確認したい」と、長年自社ブランドと関わってきたスタッフの知見を尊重しているという。
効率やアイデア出しなど時間と数が勝負になるところはAIで、最終的な品質や作業の確認は人間というように、得意な領域を分業することで新たな価値が生まれるのだ。「効率を追求しながら新しい価値を生み出していくには、AIの力が欠かせません。ですがAIをどのように活用するかは、企業それぞれのやり方があるのではないでしょうか」と、横井氏はセッションを締めくくった。
