花王ヘアケア事業の変革、マーケティング手法も大きく変更
MarkeZine:花王が2024年から取り組んでいるヘアケア事業の変革について、背景や狙いを教えてください。
野原:花王のヘアケア事業には約100年の歴史があります。長年にわたって「merit(メリット)」や「Essential(エッセンシャル)」をはじめとするマスブランドを育ててきましたが、近年は市場シェアの低下が喫緊の課題となっていました。
要因として考えられるのは、ヘアケア市場におけるハイプレミアム製品(シャンプー本品1,400円以上)の伸長です。新興メーカーがこの領域でシェアを伸ばす中、花王のヘアケア事業の売上はハイプレミアム製品の比率が、2023年時点でわずか1%でした。従来のリーズナブルなマスブランドのみでは競争が難しくなってきており、事業そのものを変革する必要があったことが背景にあります。
MarkeZine:具体的にはどのような方向性で事業変革に取り組まれたのでしょうか。
野原:変革の方向性として、大きく3つの柱を定めました。
1つ目は、ビジョンの再構築です。これまでブランドごとのビジョンはあったものの、ヘアケア事業としてのビジョンは定義していませんでした。そこで、事業全体のビジョンとして「髪の生きる力を、人の生きる力へ」を策定。ブランド横断で意識を統一し、関係者全員で目線を合わせました。
2つ目は、マーケティング改革。従来の商品特性・スペック重視のマーケティングから、生活者の感情や体験を軸にした「感性マーケティング」へと舵を切りました。生活者の心に寄り添い、製品を使ったときに生まれる感情をゴールに、「この気持ちになるためにはどんな商品特性・スペックが必要か」を考えていく形です。
3つ目は、組織改革です。開発、マーケティング、販売などのプロセスごとに縦割りだったところから、すべての工程をワンチームで取り組む「スクラム体制」を導入。社内だけでなく、社外のパートナー企業ともワンチームで連携しています。
こうした方向性で、ハイプレミアム領域の新ブランド「melt」「THE ANSWER」「MEMEME」を発売。既存ブランドにおいてもリブランディングを推進してきました。
MarkeZine:これまで花王のヘアケア製品は、テレビCMをはじめとしたマス起点のコミュニケーションが中心だった印象です。事業変革にともない、コミュニケーション手法も変えたのでしょうか?
野原:はい。他社の傾向からも、ハイプレミアム製品はマスコミュニケーションでは魅力が届きにくいことは想定できたので、「SNSでどう火をつけるか」がカギになると考えていました。
従来のマス広告を中心としたマーケティングを大きくアップデートする必要があり、広告代理店や支援会社も含め、社内外で体制やフローを一新して臨んだ形です。ウィングリットさんには、ヘアケア事業全体でブランドを横断して、UGC領域のサポートをしていただいています。
もうCM1本で勝負はできない。いま必要な「PGC×UGCの最適化」
MarkeZine:ここからは、花王ヘアケア事業で取り組まれている「PGC×UGCの最適化によるマーケティングコミュニケーション」について伺っていきます。まずは「PGC」と「UGC」の定義を簡単に教えていただけますか。
川上:PGCは「Professional Generated Content」の略で、企業が完全にコントロールして制作したコンテンツを指します。テレビCMや公式サイトが最たる例ですね。一方のUGCは「User Generated Content」の略で、生活者が自らの体験をもとに作成・投稿するコンテンツのことです。評価・ランキングサイトのレビュー、SNSのクチコミ投稿、インフルエンサーが作成した投稿なども含まれます。
SNS時代の現在、この2つを組み合わせて最適化していくことが極めて重要になっています。
MarkeZine:なぜ「PGC×UGCの最適化」が重要なのでしょうか?
川上:理由は大きく3つあります。1つ目は、情報発信の民主化による影響です。情報の発信者が従来の4マスメディアや企業だけでなくなっているのは皆さんご存知のとおりで、SNS上で発信される情報は圧倒的にUGCのほうが多いのが現状です。どれほど高品質な広告を作っても、企業発信だけではリーチしづらく、情報の波に埋もれてしまう時代になっています。
2つ目に、メディアの分散にともない購買の判断材料となる情報ソースが多様化したことがあります。現代の生活者は、自分の関心軸に合わせて情報を選びます。カテゴリーやジャンルによって情報を収集するメディアも違えば、情報選択において信頼している人(インフルエンサー)も様々です。そのため、PGCだけでなくUGCでも細やかに情報発信することが不可欠です。
3つ目は、シンプルにマーケティングにおけるUGCの影響力が大きくなってきているためです。UGCでは副次的な露出や拡散性の高さ、第三者発信による信頼性の向上など、PGCでは獲得しえない+αのマーケティング効果が期待できます。CM1本で勝負するより、UGCも含めて統合的に設計するほうが事業インパクトを生みやすいと考えています。特に、美容のカテゴリーではこの傾向が顕著ですね。
売上と相関が高いKPIから逆算する。「PGC×UGC」戦略の立て方
MarkeZine:花王のヘアケア事業では、どのように「PGC×UGCの最適化」を戦略立てて、実行しているのでしょうか。
野原:KPIから逆算して戦略を立てています。私たちの場合、売上と最も相関が高い指標が「SNSのオーガニック投稿数」です。オーガニック投稿数を増やすためには、まずは認知されていなければなりませんし、言及したいと思われるブランドであることも必要です。さらに、実際に商品を使ってもらわなければクチコミは生まれません。
このように「オーガニック投稿」を増やすために必要な要素を分解した上で、どのような仕掛けを作り、どこに予算を使っていくかを考えていきます。

MarkeZine:なるほど。戦略の中で、PGCとUGCはそれぞれどのような役割を担うのでしょう?
野原:PGCは、ブランドの世界観やメッセージを形成する「土台」となります。どんな価値を届け、どんな感情を生みたいのかをしっかり設計し、PGCでブランドイメージを醸成します。
一方、UGCには商品の特徴理解や興味関心を高める役割があります。ベネフィットに近い情報ほど、UGCによる第三者発信のほうが信頼されやすい傾向があります。
川上:PGCとUGCをバランスよく組み合わせ、適切に設計していくことが重要です。また、クチコミ(UGC)で挙がった表現をPGCとUGCの両方のクリエイティブに活かすなど、施策を横断したPDCAを回すとさらなる相乗効果が生まれます。
UGCをどうハンドリングする? 戦略的なプランニングも必須
MarkeZine:良質なUGCを生み出すためには、インフルエンサーとのコミュニケーションも重要になると思います。PGCと違い、UGCは企業側で明確に文言を定めることができませんが、どのようにハンドリングしているのでしょうか?
川上:ウィングリットでは、案件に関わる何百人ものインフルエンサー全員のコンテンツに目を通し、個性に合わせた切り口や表現を提案しています。インフルエンサー一人ひとりの理解に努め、「その人の個性」と「投稿で表現してほしいこと」をアジャストさせていくことが大切です。
そのために、インフルエンサーの個性、支持層の属性、過去の投稿などを分析し、「その人ならではの文脈」に沿って、きめ細かく表現やアウトプットを変えていく必要があるでしょう。

MarkeZine:発信の切り口が異なると、訴求にバラつきが出てしまいませんか?
野原:ブランドに一貫性があると、どんな切り口で発信いただいても、最終的にブランドコンセプトに着地します。たとえば、「melt」は「休息美容」をコンセプトにしています。ここがブランドの核にあるので、「香りがいい」という切り口で発信するインフルエンサーも、セットで「休息美容」の話もしてくれたりします。
MarkeZine:なるほど。そのためにもPGCで一貫性のある世界観を作っておくことが大切なのですね。協働する中で、UGC領域におけるウィングリット社の強みをどう見ていますか?
野原:UGC施策も、インフルエンサーのジャンルや様々な数値を俯瞰的に捉えた、戦略的なプランニングが重要です。ウィングリットさんは、インフルエンサーごとの得意領域や個別の文脈を細やかに分析されているだけでなく、論理的な裏付けをもとに全体のプランニングをしてくださるので、非常に信頼しています。
MarkeZine:ここまで「PGC×UGCの最適化」を進めてきた中で、何か発見はありましたか?
野原:「このくらいのPGCとUGCがあれば、自然とオーガニック投稿が生まれてくる」というラインが見えつつあります。PGCとUGCの相関を完全に解明できているわけではないものの、経験とデータの蓄積で再現性が高まってきていますね。
パートナー企業も含めた「スクラム体制」がPDCAサイクルを加速させる
MarkeZine:冒頭で、社内外の体制やフローを大きく変えたという話がありました。社外パートナーとは、どのような体制を敷いているのでしょうか?
野原:大手広告代理店に一任するのではなく、PR、インフルエンサー、クリエイティブなど各分野の専門会社とワンチームで連携する形を採っています。施策別にバケツリレー形式でやり取りするのではなく、関係者全員で「スクラム」を組むイメージです。ウィングリットさんにも、開発の段階から入ってもらっています。
MarkeZine:一般的には、マス広告を担当する広告代理店が起点となり、デジタル施策を担当する支援会社へと分かれていくことが多いですよね。最初は、パートナー企業も驚いたのではないでしょうか?
野原:最初は戸惑っているようでしたが、いまは全員がフラットに意見を出し合えるチームになってきています。
川上:さらに、従来の「発注元」や「発注先」といった関係性ではなく、パートナー企業同士にも「横のつながり」が生まれています。これまでにない、現時点における理想的で新しいマーケティングチームの在り方だと感じています。
MarkeZine:スクラム体制を組むことで、具体的にはどのようなメリットが出てくるのでしょうか?
野原:「PGC×UGC」の最適化に向けて、PDCAをしっかり回せることが大きいです。現在ヘアケア事業では、関係者全員が集まるレビュー会議を実施しているのですが、この会議ではPR投稿の反応やオーガニック投稿を「読み合わせる」時間を設けています。何が生活者に刺さっているのかを全員で把握し、次のアクションにつなげていくためです。

たとえば、THE ANSWERについて「塗り洗いに感動した」という投稿(UGC)を複数発見した時は、「塗り洗い」に特化した広告クリエイティブ(PGC)を新たに制作し、その文脈でもSNS上で話題を生むことができました。UGCから得た洞察をPGCに循環させていくサイクルを実現できているのが、いまの体制の大きな強みです。
川上:UGCがソーシャルリスニングの役割も担い、PGCに還元できている理想的な例だと感じます。このようにUGCを最大限に活用することで、事業インパクトの最大化にもつながると考えています。
継続的なUGC生成を目指して。次なるテーマは「ファンダム形成」
MarkeZine:最後に、今後の課題やチャレンジしたい施策について教えてください。
川上:今後注力したいテーマは、「UGCの継続的な創出」です。新商品の発売時はインフルエンサーにも紹介してもらいやすいですが、時間が経過していくと「商品を紹介する意味」がインフルエンサーの中で薄れていきます。それでも継続的にSNSで語りたくなるきっかけ作りやファンダム形成が大切になってくるでしょう。
生活者の中のマインドシェアを高め、愛用品として継続的だったり、毎シーズン語られるブランドを作れると理想的だと考えています。
野原:語りたくなるブランドは、生活者から愛されているブランドであるはずです。生まれたばかりのブランドを育てていくために、これからは「ファンダム形成」にも重きを置いていきたいと考えています。ファンの熱量を上げることで、ファンから他の人へ口コミが伝播し、結果的に新規のトライアルやリピート購入につながっていく――そうした自然な循環を作っていきたいですね。

感情起点でブランドを開発し、私たち自身がブレることなく、一貫したマーケティングをやってきたからこそ、結果が伴ってきています。これからも自分たちのブランドと、それを愛してくれるファンの方々に目を向け、誠実に向き合っていきたいです。
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