新しい市場はどのように生み出されるのか
早稲田大学大学院の川上智子氏による第一論文『新市場創造の実践理論と生成AIの活用可能性― 「クラシカエール」の事例に基づく示唆 ―』では、まず創造性の概念について、学術研究の動向やイノベーションとの関係、そして生成AIの活用に関する議論が整理されます。
そのうえで、新しい市場を生み出すための実践的な考え方として、エフェクチュエーション(不確実な環境下で、手持ちの手段から出発して新市場を創出していく実践理論)とブルー・オーシャン戦略(買い手にとっての新しい効用を起点に、競争の少ない新市場を切り開く市場志向の実践理論)に注目。両者を組み合わせて活用する重要性を指摘しています。
さらに、クラシック音楽の新市場創造プロジェクト「クラシカエール」の事例分析を通じて、両者が補完的に機能し得ることが示されます。この取り組みでは、これまでクラシック音楽に馴染みのなかった若い世代をターゲットに体験型の演出などを取り入れ、「コンサート=堅いもの」というイメージを大きく変え、結果として従来とは異なる新しい顧客層を呼び込むことに成功しました。
こうした事例分析からは、創造性やイノベーションの方向性を組織のパーパスなどによって定め、意味づけを行うという、人間にしか担えない役割の重要性も示されています。生成AIの活用が進む中で、アイデアの生成自体は機械でもある程度可能になっています。しかし、「何を目指すのか」「どの方向に進むのか」を決める役割は依然として人間にあります。組織の文化・文脈・パーパスが、生成AIの出す膨大な代替案の選択を方向づけるのです。

「これまでの成功パターン」が通用しなくなる理由
一方で、これまでの正解がますます通用しなくなっている現実もあります。神戸大学大学院の結城祥氏による第二論文『日本型マーケティングの機能不全と再生条件』は、日本の消費財メーカーがこれまで採用してきた「成功パターン」が、なぜうまく機能しなくなったのかを解き明かした理論研究です。
かつては、同質的な新製品の連続投入と流通系列化によって、市場を獲得する方法が有効でした。しかし現在では、流通側の力が強まり、同じような商品があふれる中で、競合と似た新製品を連続投入するだけでは差別化が困難になっています。つまり、高度経済成長期以降のこうした日本型マーケティングが機能不全に陥った背景として、流通業者の力が強まったことと、商品が似通って差がつきにくくなる「コモディティ化」がある、と結城氏は指摘します。さらに、この2要因が互いに影響し合い、状況をより難しくしている構造も、具体的な事例を踏まえながらわかりやすく説明されています。
こうした単純な適応行動では解決が困難な問題に、マーケティングの理論はどのような示唆を与えるのでしょうか。本論文では、こうしたジレンマを乗り越え、商品にしっかりとした違いを生み出すための3つの方向性(流通業者の行動を変える、チャネル構造を変える、製造業者自身が変わる)が提示されます。そして、製品をどのように届けるか(流通)と、どのような位置づけで価値を伝えるか(ポジショニング)を、一体として考えていくことの重要性が指摘されています。
