データは「最適化」ではなく「洞察」のために使え
最後に、価値創生CXにおけるデータ活用について触れておきましょう。
従来のデータ活用は、広告のROIを高めたり、無駄を省いたりする「最適化」が主目的でした。しかし、価値創生CXにおいては、データ活用の目的が異なります。目指すのは、「人間が洞察するための素材」としてデータを扱うことです。
行動経済学者ダニエル・カーネマンの理論によれば、人間の判断の多くは直感的な「システム1」で行われます。AIは論理的な「システム2」の効率化は得意ですが、生活者の「なんとなく」といった心の機微を読み解き、新しい「意味」を発見することは、人間にしかできません。
具体的には、広告配信のためのデータから、顧客理解のためのデータへのシフトが重要です。
クリック履歴などの断片的なデータではなく、本人の同意に基づいた深いデータ(文脈、背景、意図)を蓄積し、それを「この人には、こんな背景があるから、こういう体験が態度変容に効くのではないか」という仮説構築に使います。
たとえば美容業界なら、肌診断データという数値をそのまま見せるのではなく、美容部員が「お客様の肌は今こういう状態なので、このお手入れがおすすめです」と翻訳して伝えることで、納得感のある体験になります。体験実装の観点では、データは人間がより良い体験を提供するための「支援ツール」であるべきです。
また、その成果を測る指標も変わります。単なる売上だけでなく、体験を通じて生活者が「自分は変われる」と実感する「自己効力感の向上」をKGIに据えることで、真に暮らしに根差した体験価値を評価できるようになります。
AIが効率化してくれるからこそ、人間は「文化」を創ろう
全3回の連載を通じて、AIの「最適化の罠」を越え、人間が担うべき「価値創生CX」について解説してきました。AIエージェントが普及し、購買が自動化されていく未来において、既存市場でのシェア争いはAI同士の戦いとなり、人間が介入する余地は減っていくでしょう。
しかし、だからこそチャンスがあります。
AIが効率化を担ってくれる分、私たちマーケターは、人間にしかできない「創造」の領域に全力を注ぐことができます。生活者の隠れた本音に寄り添い、まだ世の中にない「ジョブ」を見つけ出し、それを解決する新しい「生活文化」を創り上げることができます。そんなビジネスを、社会を共に実現していこうではありませんか。
※本記事は制作中の書籍の情報を含みます。図版など一部が刊行時の内容と異なる可能性があります。
書籍のご紹介
本記事は、5月刊行の書籍『至高のCX 生活文化の形成を見据えた「新しい顧客体験」の戦略と実装』の一部を抜粋・再構成したものです。書籍では、価値創生CXモデルの概要や、実現のためのステップを詳しく解説。さらに9カテゴリのケーススタディとフレームワークを用いて、価値創生CX設計の勘所を学べます。
「低迷する既存ブランドを回復させたい」「戦略に変化が必要だが、何を変えたいかわからない」という悩みにお答えする1冊。ぜひ、ビジネスにお役立てください!


