お客様視点で考える“バトル・フィールド”
ここまでは、自社の視点からマーケティングの戦い方を考えてきました。次は、まったく逆の立場になって、お客様の視点から戦い方を考えてみましょう。ここで行うのは“バトル・フィールド”の設定です。“バトル・フィールド”とは直訳すると「戦場」という意味ですが、ここでは数学の集合論でいうところの、全体集合(=ユニバース)という概念を想定します。
つまり自社の商品・サービスが、「どのような市場で戦うのか」を規定するのです。ただしこの“バトル・フィールド”は、事業者本位ではなく、消費者本位で考えるところがミソです。こんな小話を交えながら、考えてみましょう。
「アボカドにわさび醤油をかけて食べると、その味はトロ」という話をテレビ番組で見たことがあります。試してみましたが、たしかにその味はトロと似ています。もし目をつむり鼻をつまみ、視覚と嗅覚を失った状態で、味覚だけで判断しなければならないとしたら、その違いを判別することはかなり難しいでしょう。ヒトの感覚とは、意外にあいまいなもので、五感のさまざまな感覚を駆使して、総合的に相対的な判断をしているのではないでしょうか。

ところで、同じマグロでも「赤身ではなくて、トロを購入する」と判断するとき、消費者はどのような理由で選んでいるのでしょうか?
トロには赤身よりDHAやEPAが豊富に含まれているからという理性的・合理的な理由もあるでしょう。しかし、仮にDHAの摂取を目的としてトロを購入するのなら、わざわざ高いお金を出さなくても、適切な相当量の赤身を食べれば良い気がします。それにも関わらず、消費者はトロを購入します。ちょっと意地悪な意見かもしれませんが、味や食感が好きであるというだけの理由であるならば、先ほどのアボカドでも代用がきくでしょう。
ここで、消費者側の気持ちになりきってみるということを、意識的に考えてみましょう。もしかしたらトロ好きの消費者の多くは、「トロを食べる」という行動そのものに満足感を味わい、その満足感を求めて、高額であるトロの購入に走るのかもしれません。
とすれば、必ずしも赤身とトロとで迷って、トロを買っているわけではないのかもしれません。こうなると、もはやトロの競合相手は赤身ではないということになります。トロを購入するということは、単にトロの味を堪能するためではなく、トロを買うという行為そのものへのワクワクする気持ちや、トロを食べている瞬間の自分の至福感を想像すること自体に、本質的な意味性があるということになります。
すなわち、トロの購入は、トロを買って食するという一連のプロセスへの自己満足感を消費しているとも言えるのです。
こんな発想をすることで、私たちのマーケティング脳は活性化されます。古来から“自給自足”、“物々交換”そして“貨幣経済”へと変遷してきた消費者の経済社会において、「良質な商品・サービスを他よりも安く」というのがマーケティングの大前提となっています。つまり提供する商品やサービスの質、そして価格の安さが、非常に重要なファクターなのです。
たしかに、この事実に間違いはなく、まったく否定するつもりはないのですが、現代社会の消費の潮流は、数十年前に比べると、明らかに“付加価値”を求める方向に移行しています。
「良いモノをより安く」だけで勝ち抜ける時代はすでに終焉を告げています。現代は、消費者の欲求を満たした上で、さらに価値ある価格を実現する流れになっており、戦う時代と言えるでしょう。消費者本位の考え方が重要な時代なのです。
では、お客様目線で考えるトロのバトル・フィールドとはどのようなものでしょうか? そのためには、トロが何と競合するのかを考えなければなりません。トロが赤身とは競合しないと考えた場合、一体何が競合相手なのでしょうか?
ここでトロを嗜好品と捉えてみましょう。もし自己満足という付加価値を消費するために、トロを購入しているのならば、トロは赤身ではなく、むしろタイやウニと競合すると考えた方が自然かもしれません。その場合、トロは「高級な魚介類の食材」というバトル・フィールドにおいて、タイやウニと戦っていると言えるでしょう。
もっと消費者本位で想像をめぐらせるのならば、トロを買うお金は、もし、トロを買わなかったら、別の何かを消費するのに使っていたはずのお金です。つまり、「何の代わりにトロを買うのか」と自分に問いかけながら、トロの競合を考えてみるのです。
マーケティングの戦いは、消費者の「サイフ」の中から、すでに始まっているのです。この場合の競合は、同じ食卓に並ぶアルコールとして、発泡酒の代わりにビールを買う差額かもしれませんし、または外食を一回減らすことかもしれません。
そうなると、トロのバトル・フィールドは「日常生活の中での、ちょっとした贅沢」と言うべきところになり、単なるスーパーの魚介売場の中での戦いではなくなります。戦いにおける全体集合(=ユニバース)を、よりリアルに規定したことで、スーパーのお店の中にいる敵(競合)しか見えなかったものが、実はスーパーだけではなく、意外なところにいると気づくことができます。そしてこれはリスク(脅威)の発見にとどまらず、チャンス(機会)を見出すことでもあるのです。



おわりに
バトル・ルールには、自社が優位に戦いを進める戦い方を、事業者本位(お店側)で定めました。その一方で、バトル・フィールドは、お客様である消費者からの見た場合の、自社の商品・サービスの捉えられ方をお客様、消費者本位(お客様側)で考えてみました。この2つの視点を生かしながら、自社の戦略を見つめ直すことは、必ずやその戦略を実践的なものへと仕立て上げてくれることでしょう。次回も、続けてもう少しポジショニングについて考えてみます。