マーケティングは部分的には完結しない
青葉――先ほど少しお話がありましたが、佐藤さんが入社されて数年後に、アプリケーションソフトのプレインストールビジネスを担当し始めたときの状況について、教えてください。
佐藤:はい。簡単に言うと、個人向けにしか販売していなかったWordやExcelなどのソフトを、PCメーカーに納めることにしたのです。
それまでのビジネスモデルは、まず当社のOSを搭載したPCをプラットフォームとして世の中に普及させ、それからソフトを買ってもらう算段でした。それが、ソフトもメーカーに納めるとなると、量的な規模は大きくなる可能性がありますが、単価は下がります。なので、はじめ私がアメリカ本社に日本市場でのプリインストールパソコンの推進を提案したときには、利益が下がると反対を受けたんです。
でも、一時の痛みを伴っても、PCにあらかじめソフトを載せていなければ今後のシェアを確保できないと説得しました。当時家庭に普及していたワープロに比べると、何もソフトが入っていないPCは扱いが難しかったので、買ってすぐ使えるプリインストールパソコンが普及し始めていたからです。この事業は、日本でビジネスモデルの構築とマーケティング手法の確立を同時に行ったケースになりましたが、自分の経験としても大きな糧になりました。
青葉――価格を維持しながら商品の普及を図ることは、多くのマーケッターにとって頭の痛い話です。佐藤さんとっても貴重な経験だったと思いますが、具体的にどのようなところが成長の糧になったとお考えですか?
佐藤:発案から、実際にWordやExcelが載ったPIPCが顧客に届くまで、一連のマーケティングのすべてをマネジメントしたところです。販売店に商品として納品するのと、PCメーカーの工場に部品として納品するのとでは、開発スケジュールや営業の体制、流通などすべてのスキームが変わってきます。アメリカ本社を何とか説得したら、今度はさまざまな関係部門を回って協力を仰いでいきました。それは簡単なことではありませんでしたが、マーケティングは部分的には完結しないということを実感した仕事になりましたね。
これは、立場によらず、マーケティングに携わる人は常に念頭に置いておくべきだと思います。自分の部署の成果を最大化しても、それに続く部署が連動してその流れを汲み取ってくれなければ、結果的にマーケティングは成立しません。
もちろん、各部署で専門に取り組むスタッフがいるから知識もナレッジも蓄積できるわけですが、全体の流れに対する意識が低いと、部署内だけで盛り上がって仕事が完結した気になってしまう側面もあります。特に、デジタルマーケティングの部門はその傾向が強いように思いますね。