分からないことを分かるようにする、非定型の分析に積極的に投資
アナリティクスに関する取り組みのうち、85%は「新しいこと」「分からないこと」を分かるようにするのが目的だという。そのためには非定型のアドホックな分析や実験が必要になり、システムとしては高くつく。だが、定型的な既知の解析よりもアドホックな分析の方が「潜在的なROIが高い」(大きな発見につながることが多い)ため、積極的に投資を行っているのだそうだ。もちろん、なるべく簡単で安く、集計・レポート・解析できるように工夫はしているという。
マーケティング系のデータは扱いが難しく、社内IT部門が及び腰になることが多い。この理由で、日本ではマーケティング部門が独自に外部のASPサービスを使うことが多いのではないだろうか。プラットフォーム担当の役員が、このような「柔らかい」アナリティクスの費用対効果を理解し、投資に積極的なのは頼もしく思える。eBayがこれまで成長してこれたのは偶然ではなく、このような意識と投資、努力によって可能になったのだろう。
ビッグデータの活用状況と規模
次に、eBayにおける大量データの解析を支える取り組みが紹介された。
まず、同社のアナリティクスの規模感を説明するために、下図の各種データが紹介された。1日に50テラバイトのデータが増加し、80ペタバイトのデータを処理している。また、関わる人員としては、ビジネスユーザーとアナリストを合わせると6000人を超える。
さらに、データの増加速度は加速しており、今年は1年前に予測していた数値の2倍を超える見込みだという。重要なデータだからこそ、社内で大事に管理し、利用できる状態にしているのだろう。
こうした「ビッグデータ」を処理するために、トランザクション系ではEDW(エンタープライズデータウェアハウス)を、ユーザー行動(ページ閲覧だけでなくすべてのクリックを計測している)ではSingularityを、画像認識などにはHadoopによる分散処理を用い、これらを組み合わせて活用している。
大量データ解析の肝はシステムよりも「人」
データは増えれば増えるほど、扱うのが難しくなっていく。そのため、eBayがシステムと同様に力を入れているのが、データ解析に関わるコミュニティ形成だ。
同社では、データに関する知識や議論を集めるための社内SNS「Data Hub」を自前で構築。フォーラム、グループ、ワークスペース、ニュースレター、Wikiなどの機能があり、データに関する議論や作業の共有を促進している。また、Facebookのような「フォロー」や「Like」といった機能も備えている。他人のワークスペースを除いて、使えそうなレポートやファイル、設定があればコピーして再利用することもできる。
これは単なるイントラネットではない。データ解析に特化した社内SNSを、社内で運用しているのだ。トップページのキャッチコピーが、この存在意義をうまく表現している。
Fueled by data, powered by people.
つまり、このDataHubは「データ」を燃料とし、「人」によって動かされている。英知や作業結果を集めて共有することで、個人の仕事の質と効率を高めるだけでなく、企業としての成功と成長につなげていく。それを組織ぐるみで進めている点に感心した。
セッションで得た3つの気づき
1. 「Webアナリティクス」は「アナリティクス」の一部でしかない
Webアナリティクス(アクセス解析)の世界とデータマイニングやビジネスインテリジェンス(BI)の世界は、日本ではほとんど接点がなく独自の進化を遂げているが、eBayではこれら全体をアナリティクスとしてまとめている。eBayに限らず、今回のeMetrics全体を通してこの傾向は同じだった。Webアナリティクスだけに限定したセッションはほぼ皆無で、CRMなどの顧客データやセールスフォースなどの営業支援データ、広告やキャンペーンなど複数のデータを必要に応じて集めて統合することによって、アクションにつなげることに関心が集まっている。「デジタルアナリティクス」という名称も何度か耳にした。
2. アナリティクスをIT部門が管理するとスムーズかもしれない
「ビッグデータ」(これも今回のeMetricsで頻出したキーワードの一つ)を扱うためには、ツールや自動化によって単純作業を減らし、アナリストが付加価値の高い知的作業により多くの時間を使えるようにすることが重要になる。そのため、どうしても話が技術的になりがちだ。
まだ新しい分野であるWebアナリティクスは、ニーズを抱えるマーケティング部門がリードすることが多いが、マーケティング担当がマルチ能力を発揮して進めると、どうしても個人に依存してしまい、普及や継続的な発展が難しくなりがちだ。eBayのようにIT部門がビッグデータを扱うアナリティクス全般を管理し、経営的な視点で前向きに取り組むことは、良い体制かもしれない。
3. データを使いこなして価値を出すのは「人」である
とはいえ、データから意味を読み取ってアクションにつなげるのは「人」であり、システムでもデータでもない。知りたいデータを素早く、安く得られるようにするために、データや作業、知恵を集めて共有できる環境を作ることが、今後ますます必要になっていく。
まだアナリティクスに大きな投資をできない企業では、まずはこの「人」をつなげることから始めてはどうだろうか? 賛同者を集め、対話や共有を促進するために、大きな投資は必要ない。組織としての認知やニーズが高まり、成果が出るようになれば、投資に対する経営判断も容易になっていくだろう。経営判断をできないのは経営者が悪いのではなく、アナリティクスの意義や効果をアナリストが明確に伝えられていないだけなのだ。