拓也は美咲の手際の良いやり取りに、口をはさむ余地がまったくなかった。間髪をいれず、美咲が続ける。
「では最後の質問です。本件に関するエスカレーション(注2)の流れと意思決定のタイミングを教えてください。広報室が主管で対応されるとのことですから、まず第一段階での意思決定は広報室の丸山室長になりますよね。仮に今後、公式の謝罪文を出すことになる場合、最終の意思決定はどの部署のどなたになりますか?」
「社として正式な謝罪文を出す場合の最終意思決定機関は『経営会議』となります。ここには、広報室の担当取締役のほか、社長も出席します。経営会議に議題をあげるためには、まず広報室の担当取締役の確認と承認を取らなければなりません」
わかってはいたが、美咲は困惑した。初動における対応スピードがその後の炎上の「延焼」範囲に大きく影響するため、意思決定と対応は「時間単位」で推し進めなければならない。しかし、経営会議となると、へたをすると「週単位」での動きとなる。それじゃあ間に合わないわ……そんな美咲の表情を察して、丸山が続ける。「弊社の経営会議は毎週月曜日の15時から本社で行われます。つまり、本日の15時からここで実施されます」
私は時計を見た。12時を指している。
経営会議まであとわずか3時間しかない。しかも、まだ正しい現状認識すらできていない。だけど、この機会を逃すと、意思決定のチャンスをみすみす逃してしまうことになる! どうしよう。私は拓也を見た。拓也が小さく頷くのを見て、腹を決めた。
「わかりました。では、15時からの経営会議で社としての今後の対応を『決定』していただけるよう、準備を進めます。3時間を1時間ごとに分け、3つのことを行います」
美咲は話しながらホワイトボードに3時間のタスクとスケジュールをまとめた【メモ1】。
「まず初めの1時間は、私と伊藤でネット上のすべての情報を調べ、本件の経緯と現状を正しく認識するための調査をします。次の1時間はその調査結果を踏まえて、丸山室長、勅使河原部長と今後の方針のディスカッションの場をもたせてください。可能であれば、この段階で緊急対策本部を立ち上げることができると理想的です。お客様相談室の室長には同席いただいた方がいいかもしれません。本日以降、相談室にかかってくるお問い合わせやお叱りに対応いただく最前線になりますので。次に、人事・総務部と法務部の方にも就業規則やコンプラ(注3)の観点からチェックをお願いした方がよいと思いますので、どなたか同席いただけるようお願いしてください。御社組織の内部統制上、経営企画部が関わっていれば、必要に応じて同席をお願いします。
そして最後の1時間は、決定した今後の方針を具体的なアクションに移す準備をします。謝罪文を公開する決定がなされた場合、実際の謝罪文の作成までを行います。公開される謝罪文のドラフトがあった方が、経営会議での意思決定がしやすくなると思いますので」
丸山と勅使河原はまたもや、異議なしといった顔で同意した。
そして1時間目─丸山、勅使河原は関係各所への連絡や現場の情報収集に努め、美咲と拓也は会議室を借り、ネット上の情報を手がかりに炎上の全容解明と現状の正確な把握を進めることになった。こうして、美咲と拓也の3時間一本勝負の幕が切って落とされた。
ここでいうエスカレーションとは、より上位の管理者へ指示や判断を仰ぎ、最終意思決定を行っていく決裁プロセスを指す。もともとはコールセンター用語で、顧客対応において現場オペレーターの対応が困難になった場合、上位の管理者やスーパーバイザーに対応してもらうことをいう。
コンプライアンスの略。法令遵守のこと。企業が経営や事業活動を行ううえで各種法令や規則、社会的規範などを守ることをいう。
続きは3月15(木) 12時に公開予定です。ぜひご覧ください!
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