指令1~緊急事態発生!クライアントの炎上事故に対応せよ!(本書より転載/第2回)
日本ビバレッジは、アドレボの戦略クライアントである大手飲料メーカーである。炭酸飲料、お茶系飲料、コーヒー、ジュースなどの総合メーカーで、国内飲料シェアはナンバーワンを誇る。勅使河原は、年間数百億円の広告・宣伝予算のすべてを取り仕切る名物宣伝部長だ。体の線が細くてインテリ風の眼鏡をかけた、いかにも神経質そうな勅使河原に、美咲と拓也は以前のプロジェクトで散々もまれた。
しかし、その後ひとつのプロジェクトの推進を通して、良好な信頼関係に転じてきた。今回の件で勅使河原が平静さを失って、美咲に電話でSOSを発信してきたのも、こうした背景あってのことだった。
同社に到着した美咲たちは、急かされるように会議室に導かれた。入室とほぼ同時に、勅使河原ともう一人、40代後半くらいの、ふくよかで人懐っこい顔をした男性が入ってきた。きっと、笑ったらすてきな笑顔なのだろうが、今回の一件で顔が強張っている。
「はじめまして。広報室の丸山です」
名刺交換をすると、肩書きには「広報室 室長」とある。炎上が発生した場合、多くの企業で、主管部署は広報室(部)となるが、今回もそのようだった。勅使河原が初動の対応に加わっているのは、ツイッター公式アカウントやフェイスブックページの主管部門が広告宣伝部だからだ。しかし、これからは広報室が主管部門になり、緊急対策本部を設置し、対応していくとのことだ。その丸山がうろたえた様子を隠さずに口を開く。
「大変お恥ずかしいのですが、私はネットの世界にそれほど詳しくありません。しかし、今朝から『ネットでおたくの社員が飲酒運転をしたことを知った。いったいどうなっているんだ』と、お叱りのメールや電話が多数入っており、大変困惑しています。
なかには、誹謗中傷や悪意のある語気の強いコメントも多く含まれています。そんな折、さきほど、ニュースサイトの記者から電話で事実確認の取材が入り、まだ私も現状を正しく認識していないものですから、取り急ぎ『現在、事実関係を調査中であること』『飲酒運転が事実である場合、問題を起こした社員については社の規定に従って処分をすること』だけを伝えました。
社としての今後の対応を決めるためにも、一刻も早く現状を正しく把握しなければなりません。そこで勅使河原に、アドレボさんに相談することを薦められ、お呼び立てした次第です。遠藤さん、伊藤さん、何とか助けてください。藁にもすがる状況なのです」
丸山の悲痛な声を聞き、美咲と拓也は責任の重大さを噛みしめた。一刻を争う大変な事態だが、勅使河原が自分たちを信頼できるパートナーとして紹介してくれたことが何よりも嬉しかった。期待に沿う支援をしなくちゃ! 美咲と拓也は臨戦態勢に入った。
