マーケティング界で起こっている2つのパラダイムシフト
慶応大学でマーケティングの研究をしている武山政直氏は、昨今、マーケティング界で起こっている2つのパラダイムシフトについて紹介した。
ひとつは、価値創造の主体が、これまで考えられていた「企業」から、「顧客・消費者」に変わっているというものだ。つまり、マズローの欲求段階説(前ページ参照)の下の4つの欲求を満たすための価値は企業が提供するのに対し、最上位にある自己実現に関しては、顧客・消費者が企業や友人などから取って来たリソースを組み合わせて、自分らしく価値を見出していく時代になっているという。このような時代に企業がすべきことは、以下の図にまとめることができる。

ふたつ目の転換は、「service」という言葉の解釈についてだ。これまでのserviceは“形のない製品・財”として、本来あるべき形がなくなった扱いづらい財だと考えられていたが、最近ではそうしたアウトプットは単なるツールやリソースであり、“企業が保持する知識や技能を、顧客の価値実現のために用いるプロセス”をserviceと捉えるべきであるとされているという。
「これからは企業と顧客が一緒になって、価値をコ・クリエーションしていく。新しいserviceの観点から、どうやって顧客の価値実現を支援していくかというところに、ゲーミフィケーションを応用してもらえれば。」(武山氏)
ゲームはエンタテイメントからツールへ、そしてプラットフォームへ
ジョージア工科大学教授のIan Bogost氏は、かつてゲーミフィケーションに対し、「バッジだとかレベルだとか、そういうものをつけたらゲームになるというのは、ゲームをなめている。ゲームはもっと複合的な現象であって、それだけでゲームになるというのはありえない」と批判した。
この言葉を引用したのは、『ゲーミフィケーション―<ゲーム>がビジネスを変える』の著者であり、コンピューターゲームの研究者の国際大学GLOCOM 井上明人氏。井上氏は、ゲーミフィケーションは料理に近いのではないかと指摘する。
「料理をきちっとした理論で説明するのは、火力や材料を入れるタイミングなど変数が多いので難しい。調味料をたくさん入れたら料理が必ずおいしくなるわけではないのと同様に、バッジとかレベルのようなものをとりあえず入れればゲーミフィケーションが完成するという話ではありません。そういう意味で、Bogost氏の主張には個人的にまったく同意します。」(井上氏)
さらに井上氏によると、現在ゲーミフィケーションにおいて起きているのは、コストが下がって実践がしやすくなったことだという。「今、求められているのは、実践の速度をいかに上げて、トライ&エラーを数多くしていくかだと思います」と語り、実践を重ねた先に、質的な転換が見えるのではないかと説いた。

最後に細井氏は、「1980年代以降、ずっと“エンタテインメント”をベースに語られていたゲームは、社会環境の変化にともない“ツール”として捉えられるようになってきました。さらに、これからはひとつの“プラットフォーム”として、ゲームに完結性を持たせることが必要になってくるでしょう。ちょうど今は“ツール”と“プラットフォーム”の端境期にあたるので、ひとつひとつの言葉に気をつけなければいけません。一時的な業績の改善に役立てばいいのか、あるいは本質的にビジネスプロセス全体を変えたいのかによって、ゲーミフィケーションの持つ意味は変わってくるでしょう」と、セッションを締めくくった。
カンファレンスに参加して
今回のカンファレンスを通じてわかったことは、あらゆるマーケティング手法に絶対的な方程式が存在しないのと同じように「これを実装すれば100%成功する」というゲーミフィケーションなど、ありえないということだ。
ユーザーの心へ密接に関与しようとするゲーミフィケーションは、ともすればソーシャルメディア上のコミュニケーションよりも、繊細な対応が必要なものなのかもしれない。日々、多忙な業務に追われ、結果を求められるマーケターのみなさんは、どうしても具体的で手軽な手法に目が向いてしまいがちだろう。
けれども“なんちゃってゲーミフィケーション”にならないよう、それが本当にユーザーを惹き付ける仕様になっているのか、本当にそれ以上ユーザーを喜ばせる方法はないのか、今一度「ほんとうに?」とご自身の中で問い直していただければ幸いである。