「KYでいこう!」キャンペーン秘話
青葉 ――西友は2002年に米ウォルマートと包括提携し、2008年に完全子会社化されました。当時は米国流の「EDLP(Every Day Low Price)」の考え方を店舗に導入しはじめていましたが、あまり上手くいっていなかったという印象があります。富永さんが入社された当時の課題やミッションはどのようなものだったのでしょうか。

親会社のウォルマートは、“Saving people money, so they can live better.”(お客様に低価格で価値あるお買物の機会を提供し、より豊かな生活を実現する)という企業ミッションを持ち、EDLPに取り組んでいます。提携当初から、西友も継続的な低価格化に取り組んできましたが、これがなかなか思うように伝わらず、消費者は、価格が安くなったことに気がついてくれなかったのです。そのため、私の最初の仕事は、この価値をどのように消費者に知っていただくか、コミュニケーション全般を見直すところから始まりました。
青葉 ――当時、米国流の「EDLP」の概念の元に、チラシをやめたことも記憶に残っています。米国流を日本に移植するには相当なご苦労があったのではないでしょうか。
おっしゃる通りで、日本と米国ではスーパーに行く頻度や購買スタイルが全く異なります。またウォルマート入りする以前の西友は、自社を量販店ではなく“質販店”と称したり、コピーライターに糸井重里さんや林真理子さんを起用したり、無印良品をつくったりと、安さよりも「いいものがそろっている」「面白い」といった印象が強く、そうしたこれまでのイメージが足かせになっていました。
今までのイメージの払しょくや、新たな価値の啓蒙に対して、ある意味イノベーティブなコミュニケーションが必要だったのです。それが「KYでいこう!」のキャンペーンです。ご存知かと思いますが、当時若者言葉で「KY=空気が読めない」が流行していて、そのインパクトを逆手にとって、我々は、「KY=カカクヤスク」でいこうと銘打ったコミュニケーションを展開いたしました。ただし、単に「価格が安くなった」と宣言しても、消費者はすぐに納得はしてくれません。

そこで、第三者によるお墨付きの獲得が有効だと考え、「KYでいこう!」というコピーを柱に、他社のレシートを並べた比較広告を新聞紙面で展開したところ、主にマス媒体が話題として取り上げてくださり、ようやく「西友が低価格宣言をしている」ということが広く知れ渡るようになりました。来店客を対象に行った調査でも、そこで初めて低価格に対する理解度がぐっと高まる結果に結びつきました。
青葉 ――KY=空気が読めない、というネガティブに捉えられるワードを逆説的に利用したコミュニケーションはさすがですが、この企画を経営陣に通すのは、容易ではなかったと思います。富永さんはどのように上司の方を説得されたのでしょうか。
実は「KYでいこう!」は、私の目に留まる前にチームメンバーによってボツにされていたアイデアでした。なかなかピンと来るものがない、もう一度、これまでの案を改めて見直そうということで総ざらいしたところ、この案が候補の中にありました。確かにKYはネガティブなイメージを想起させるので、経営には提案しにくい。だから、彼らは最終候補からは外していたのです。ただし、他のどのキーワードより際立っていたので、この案を通そうということになりました。
そこで、経営を説得する際に、私が行ったのは、「KYでいこう!」一案しか提案に挙げなかったということです。日本では、中庸を良しとする文化もありますし、なかなか振り切ったアイデアを選ぶリスクを取らないことが往々にしてあります。しかしながら無難なアイデアを選んでいては未来がない。大きな成功を望むためには、マーケティング責任者がリスクを冒してでも、チャレンジしなければいけません。マーケティングの仕事では、そういった決断を迫られることが多々あると思います。
自分が関所になっては絶対にいけないと思っています。大きな変革を起こすには、時として突飛なアイデアも必要です。そういったアイデアを「富永さんには通らないだろう…」とふさいでしまわないような関係性を作れるかどうかが、強いマーケティング組織を構築するためにも重要なのではないでしょうか。