企業も政府も、学生を戦力として認めている

続いて、泉水綾乃さん。多摩美術大学プロダクトデザイン学科卒。多摩美はアアルト大学と提携していて交換留学プログラムもあるのですが、綾乃さんの場合はそれとは別に、大学卒業後1年間英語の学校に通い、その後、アアルト大学のテキスタイル学科の修士に入学しました。
聞いてみると、アアルト大学では、大学院は留学生でも授業料が無料なのだそうです。いい人材を集めるためだと思いますが、日本では考えにくいですよね。例えば、東大や芸大にタイや韓国から来ている留学生の学費がタダ(税金から支払われる)と言ったら、反対の人が多いのではないでしょうか?
――どんな授業を取っているのですか?
綾乃さん:私がいちばん力を入れているのは、“パターン・ラボ”という授業です。11人の学生が1人30パターンのデザイン、全部で330のデザインパターンを作ります。そして、そのデザインをみんなで売りに行きます。フィンランドやスエーデンの会社(例えばH&Mとか)に電話をかけてコンタクトが取れたところに。デザインが売れたら、そのお金はプロジェクトに入ります。締めのイベントとしては2月にパリで開催される大きな見本市みたいなところに行って、売り込みます。
こんなふうにアアルト大学は、実業界との間に壁がないイメージがあります。ビジネスの授業も必修で、パテントの取り方とかフリーでやって行くには?みたいな授業を取ります。日本は大学と実業界の間には壁があるように感じます。その分、学生じゃなきゃできないことができるという良い側面もあるとは思いますが。

――留学にあたって、あるいは今学んでいての苦労について、教えてください。
綾乃さん:留学に当たっては、英語のスコアを取るのが大変でしたね。IELTSというTOEFLみたいな試験があるのですが、そのスコアがなかなか取れずに苦労しました。
入学してからは、豊富なプログラムが用意されているのですが、自分で積極的に動かないと、消化しきれずに上手く卒業できなくなってしまう、ということですかね。反対に日本の大学のシステムは、受け身でも大丈夫ですが、その分受動的になりがちなのではないでしょうか。
また、指導教授の他に、スーパーバイザー2人と英語指導の人も付いてくれます。スーパーバイザーは1人は自分の学科の人で、もう1人は他学科か学外の人を選びます。スーパーバイザーには謝礼もあるようなので実務家の人もいます。英語に関しても、メールで問い合わせると教えてくれたりします。
――イノベーション教育については?
綾乃さん:“インダストリアル&ストラテジック・デザイン”という修士の講座があって、HSLというトラムの会社と共同で、どういうトラムや路線を作るか、みたいなことをやっています。ディスカッションがメインですが、企業も政府も学生をナメてはいません。戦力として認めている、という感じがします。また、3スクール共同の大学院の講座で“クリエイティブ・サスティナビリティ”というのもあります。ここでは、ストラテジーについてもかなり勉強しています。
――日本にイノベーションが起こりにくい、と言われてることについて、どう思いますか?
綾乃さん:日本は日本でチャンとしてる、とは思います。ただ、アクション・ゲームを作るのに、まずスポーツを実際にやるところから始めよう、みたいな発想は出てこない。やっぱり少し保守的なのかな。
こちらは、とてもカジュアル。ヒエラルキーが少ないですね。私からすると、教授にそんな風な口をきいていいの?と思うくらいです。教授も学生の意見にもよく耳を傾けます。日本だと、やはり、教える側と学ぶ側というのがハッキリしていますよね。
それから、アアルト大学では学科間の壁が薄いですね。例えば、私は“ウエラブル・テクノロジー”という授業を取ってますが、そこにはサイエンス・スクールの学生も来ていて、そういった全く専門が違う学生とディスカッションをするのは、新しい発想のためには大切だと思います。
アアルト大学におけるイノベーション教育の様子の、一端を垣間見ていただけたかと思います。次回からは、日本に舞台を移し、日本のイノベーション教育のイマをお伝えしていきます。