プロトタイプをECサイトで販売、意見を聞いて完成を目指すビール
「SPRING VALLEY BREWERY(以下、SVB)」というビールのブランドをご存知ですか?これは、キリンビールが2015年春に発売を予定しているビールのブランドです。このブランドがユニークなのは醸造家が前面に出たビール造りをしている点と、定期的に商品のプロトタイプをキリンの直販ECサイト「DRINX」で限定販売し、購入者からの意見を収集している点です。
これまでのビールの製造・販売とは異なるプロセスをとるSVBプロジェクト。なぜ、キリンはこのような取り組みを進めるのでしょうか?今回、製品の開発を担当する吉野桜子氏、およびDRINXを担当する丹羽靖彦氏に、SVBプロジェクトの背景と現在の実績値、今後目指すところを聞きました。
マーケティング発想から離れたモノ作り
編集部:お二人はそれぞれ、どのような業務を担当されているのでしょうか
吉野氏:当社ではコンテンツ開発と呼ばれているのですが、SVBの商品・体験・ブランドを通じたユーザーや他のブルワリーとのコミュニティーという3つの開発を担当しています。また、来春には代官山と横浜に体験型のブルワリーパブ「SPRING VALLEY BREWERY」がオープンします。その店舗自体の企画も担当範囲です。
丹羽氏:私は今年の春に設立したデジタルマーケティング室で、DRINXの運営管理と、新規ユーザーや会員の満足度向上活動の企画・推進を担当しています。吉野の部署がコンテンツや商品の味とパッケージを作る。私はある意味オンラインショップの店員としてサイトを管理して、商品価値を伝えるために工夫して訴求を考えるといった役割分担です。
編集部:お二人は部署が違いますが、取り組みのきっかけは何ですか?
吉野氏:もともと、新ブランドとECサイトの立ち上がり自体は別個で動いていたものでした。DRINXはSVBより早いタイミングで公開される予定で、何か仕込めないかという話が出ていました。一方、SVBはプロトタイプ品について、ユーザーから意見をもらいたいという考えがありました。だから一緒にやろう、と。
偶然タイミングが合ったという面があります。ただ、どちらのプロジェクトも会社全体が新しいことをやっていこう、という機運の中でできたものです。だから、別々に行うのはもったいない。DRINXは販売する場所で、SVBはコンテンツ。役割は違えど目的は一緒なんです。ですから部署は違いますが、ガッチリと組んで仕事をしています。
編集部:目的というと?
丹羽氏:当社には現在、「飲みもの」を進化させることで「みんなの日常」を新しくしたいという目標があります。新しい飲み物の楽しみ方や味わい方の情報提供。飲み物によって生活を変えていくような提案をしていきたい。しかし今はメーカー発信の情報ではなく、仲間から得た情報を大事にする時代です。お客様が作り出すメディアの情報発信力が強くなっています。だから、我々もユーザーと同じ目線で商品開発をしたり、コミュニケーションの取り方を変える必要があると考えています。
しかし、双方向コミュニケーションを考えたとき、今までのやり方ではお客様の声が直接拾えないという課題がありました。そこで直販サイトを通じてユーザーと直に接して声を拾う必要があります。DRINXにはこの考え方が反映されています。
編集部:SVBも「飲み物を新しく」という視点で作られているかと思います。具体的にはどのような視点でしょうか?
吉野氏:SVBはこれまでのマーケティング発想・大量生産の画一的な商品作りではなく、醸造家が造りたいビールを造っています。これまでは、「こういう人向け」というターゲットを用意して製造し、限られたセールスメッセージを広く伝える、という造り方をしてきました。その結果、現在のビールは工業製品というイメージを持たれているかと思います。
でも実際は、ビールは人の手だけではなく酵母の力を借りて自然から作られるもの。だから本当はワイン以上のバラエティを出せる、無限の可能性を持っているお酒なんです。どうしたらもっと多様性があって自然なものを提供できるか、という課題を持っていました。
そこで、これまでの造り方ではなく、造り手一人ひとりが思いを込めて自然の力によって造り上げたビールを用意して、お客様に伝えたいと思った。だから、マーケターは引っ込んでおこうと(笑)。現在4種類のビールを開発していますが、全部違う人が造っているため、味も癖も全然違う。その違いを楽しんでもらう、というのが新しいビールの形だと考えています。
もっと大きな話をすると、チームとしてはワクワクするビールの未来をつくりたいという考えがあります。そこで飲まれている「新次元のビール」は何か。非常に抽象的なテーマですが、その一つの答えがSVBです。