東南アジアという巨大な市場は、皆さんの会社のビジネス戦略の中に組み込まれていますか? すでに情報収集を始めている方、あるいはビジネスに踏み出した方もいるかもしれません。
ですが、多くの日本企業が課題にぶつかります。なんといっても、多様な文化、宗教、価値観が入り交じる東南アジア各国の情報を収集するのが難しいのです。さらにそれを整理するとなると、一朝一夕の知識や経験ではとても太刀打ちできません。いったい東南アジアの市場・企業はどのような景色を形作っているのでしょうか。
翔泳社では11月30日(月)、情報収集でお悩みの方に向けて『ASEAN企業地図』を刊行しました。本書では東南アジアでビジネスを展開するなら最低限知っておくべき企業グループを網羅し、日本企業との提携に意欲的な企業の情報を掲載しています。
著者の桂木麻也さんはシンガポールでの長期駐在、アジアでのビジネス経験が豊富で、アジア通貨危機直後から東南アジアの凋落と隆盛を間近で目撃してきた方です。今回はそんな桂木さんに日本企業がどのように東南アジアへ進出すればいいのかをうかがいました。
確かな経験に裏打ちされた1冊
――よろしくお願いします。桂木さんは東南アジアでの仕事の経験が豊富だとお聞きしていますが、ご自身の経歴を教えてくださいますか?
桂木:私はずっと金融を仕事にしていまして、アジア通貨危機のあと1999年から2005年までシンガポールに駐在していました。その頃はインドネシア、タイ、マレーシアの企業がばたばたと倒れていく時代で、欧米企業と一部日本企業による買収が盛んでした。そんなダイナミックな時代にM&Aの仕事に携わり、いまも投資の世界に身を置いています。
一度は地に落ちた東南アジアですが、いまは隆盛を誇っているので日本企業も提携や買収をしたくて仕方ないんです。ですが、東南アジアのほうが元気になってしまいましたよね。2014年もシンガポールに駐在し、そのダイナミズムを間近で見てきたので、各国の勢いに驚いています。
本書を執筆した動機としては、一つには雑誌で連載を持ってみて、書くことが面白いと思うようになったからです。そしてもう一つは、アジアに関わってきた15年間を「棚卸し」してみようという気持ちがありました。
企業グループの鳥瞰図をもとにして、彼らが行なっているいまのビジネスを分析し、日本企業がどんなビジネスに絡んでいるのかを広く捉えてみたのが本書です。常々こういう本があればいいなと私自身が思っていましたから、自分でやってみたわけです。
本書から新しいビジネスの種を見出す
――市場としての東南アジアの魅力はどこにあるのでしょうか。
桂木:やはり今後成長を続けるであろう6億1,000万人の市場です。そのうち3億人がイスラム教徒ですから、風俗に合わせたビジネスも考えられます。各国によって成長度は異なりますが、いずれも成長が拡大することは間違いありませんから、そういう意味で面白い市場になると思います。
日本企業は製品のクオリティや高度なノウハウといったビジネス面の付加価値と、お金を持っているという金融面の付加価値の両方を提供できるのが強みでしょう。勝機はどの分野でもあると思います。いずれにせよ、Win-Winになる設計ができるかどうかがポイントです。
――本書を拝読すると、その情報量と詳細さに圧倒されます。桂木さんの企業秘密をここまで公にしても大丈夫なのでしょうか。
桂木:本書に掲載している情報はすべて、公開されているものを組み合わせたものです。情報を丹念に辿れば誰にでも作れるんですよ。もちろん手間はかかりますから、「あったらいいな」を形にするのは難しかったのだと思います。
本書を読んで東南アジアの情報として受け取るだけか、または本書から新しいビジネスの種を見出すかは、読み方としてはまったく異なります。私は後者の使い方をしてもらいたいですね。
東南アジア進出の課題は情報収集
――本書はどういう読者を想定していますか?
桂木:アジアでのビジネスをいまやっている方、これから立ち上げようとしている方を最も中心に考えています。ですが、いまどきのビジネスはアジアとの関連抜きではやっていけない時代ですから、将来を見据えて広く読み物としても読んでもらえればありがたいですね。
――アジアでビジネスを始めようとする方が抱えている課題とは何なのでしょうか。
桂木:本書に掲載している対談でも話してはいますが、やはり現地の情報を得にくいということです。ビジネスをしようというときに、まずどの国でやるのかを考えないといけませんが、ASEANや東南アジアと一口に言っても、市場の成熟度や所得水準は均一ではありません。裕福な国は人口が少なく、人口が多い国は所得が少ないなど、さまざまな条件をトレードオフしなければなりません。
また、どこの国でも外資規制があります。特に金融は規制が厳しく、株式保有率100%で参入することはできませんから、必ず誰かとパートナーシップを組まないといけません。どんなプロファイルの人と組むべきなのか、判断する必要があります。当然金融をやったことのある人でないといけませんし、政府の認可が必要なのでそのアクセスがある人が好ましい。さらに、過去に日系企業と付き合ったことのある人でないと厳しいでしょう。
いろんな要素がありますが、「アジアでビジネスを立ち上げてこい」と言われた担当者がすべてできるかといえば、全然できないわけです。東南アジア各国の情報を整理し、取捨選択するのも難しいでしょうから、有益な情報源として本書が少しでも役に立てばいいですね。情報収集のコツも載っています。
会った瞬間に相手のビジネスメリットを言える人ほど歓迎される
――ファミリービジネスについては面白いなと感じました。欧米企業や近年の日本企業とはまったく違う価値観ですが、提携するにあたって注意すべきことはありますか?
桂木:最終的にはファミリー全体にとって利益になる提案でないといけませんね。また、例えば香港のヘンダーソングループはファミリーのトップである李兆基がビジネスのすべてを決定します。この人がダメといえば、その瞬間にすべてダメになるんです。もちろんこのような完全なトップダウンのグループもありつつ、ワンマンではないグループもありますが。
日本のサラリーマン的な考え方だとなかなか理解できないでしょうから、気をつけてもらいたいですね。最初からトップに「うん」と言わせるビジネス設計をしなければなりません。
しかも、本書で紹介しているタイクーン(ビジネスで大成功した大富豪やスーパービジネスマン)は、基本的には満ち足りているんです。面白い話には常にオープンなんですが、今日明日で困っているわけではありません。ですので、打ち合わせや交渉の場での彼らの第一声は「我々にとってどんなメリットがあるのか」です。
顔を合わせた瞬間からビジネスの話をしますから、日本企業の役員がやりがちな表敬訪問はありえません。彼らとしては、日本企業の役員が来るとなったらいいビジネスの話を期待します。そこでゴルフや天気の話をしていてはとてもビジネスになりません。
――ベンチャーなどビジネスをやりたいという意欲がある方にとっては、東南アジアはとても合いそうですね。
桂木:そうです。会った瞬間に「私はこれをしたいんです。あなたのメリットはこうです」と言える人ほど歓迎されます。
メール配信のようなサービスにも勝機がある
――本書にはメール配信サービスの提携事例がありますが、日本のITやデジタル系の企業には大きな勝機があるのでしょうか。
桂木:ASEANの中では貧しいと言われるインドネシアやフィリピンでも、携帯電話の保有率は120%くらいあるんです。高齢者や子供は持っていないので、都市部の労働者層が2台ずつ持っている勘定です。SNSの使用率はとても高く、タイやマレーシアでもFacebookユーザーが1,000万人、2,000万人といます。データ通信においては日本以上の普及をしているといっても過言ではありません。
携帯電話会社は各国寡占状態で、シェアも決まっている状態です。その中でどうやっていくかというゲームになっていますね。誰と組むかは早い者勝ちです。メール配信サービスだけでなく、自社のデジタルサービスに自信があるならどんどん提携を仕掛けるべきでしょう。
東南アジアはデジタルコンテンツをほしがっている
桂木:このように東南アジア各国にはデジタル周りのプラットフォームがすでにあり、プレイヤーも日本以上に存在します。そこに足りないのはコンテンツです。ゲームを始めいろんなアプリがありますが、スマートフォンで提供できるコンテンツの充実に腐心しています。
そういう意味では、日本のコンテンツビジネスはレッドオーシャンですが、東南アジアはまだまだブルーオーシャンだといえるかもしれません。けっして単価の高いビジネスではないかもしれませんが、東南アジアはとにかく人口が多いのが特徴です。そこで日本発のユニークなコンテンツを配信してみてはどうでしょうか。
各国の携帯電話会社やデジタルプラットフォームのビジネスを束ねているタイクーンは誰なのかは、本書を読めば分かるでしょう。
※本記事に加筆・修正を加えた「『ASEAN企業地図』を活かしたビジネスチャンスの見つけ方」を購読者向けダウンロードコンテンツとして提供しております。