デジタル体験管理プラットフォーム「Drupal」
Webサイトを管理・運営するシステムとして、企業にとってCMSは今や欠かせない存在だ。特に、多言語対応やEC構築、スマートフォンアプリの開発などの機能も求められる大手企業では、あらかじめさまざまな機能が搭載されたスイート製品が導入されることも多い。
だが、それとはまったく逆のアプローチながら、エンタープライズ向けソリューションとして世界各国で有数の企業や政府に活用されているのが、オープンソースの「Drupal」だ。CMSとしての基本機能を備えたコア・モジュールに対し、さまざまなソフトウェア企業が開発・提供する15,000を超える機能拡張モジュールを追加したり、APIで外部連携することで、中堅企業からエンタープライズレベルにまで柔軟に対応する。
Drupalの最大の特徴は、単一のプラットフォームでありながら、デジタルが関わる全ての体験を管理できること。Drupalを中心としたデジタルマーケティングを提案するCI&Tのデジタル戦略ディレクター 門別 諭氏は、「CMSやECサイト構築ツールなどを使い分けている企業も多い中で、DrupalならWebサイトやEC、アプリなどの管理が単一のプラットフォームで実現できます」と説明する。
外部サービスとの連携もシームレスに
欧米での導入はもちろん、日本国内においても導入事例が増加している。そこには、クライアントに合わせて機能拡張モジュールの開発ができることも背景にあるという。
「様々な企業で新たなモジュールの開発が進んでおり、弊社でも、決済システムとDrupalを接続できるモジュールの開発や、ECツールの開発を行いました。このエコシステムがうまく回ることで機能拡充が進み、ユーザーにとってより使いやすくなるというのもDrupalならではの特徴だと思います」(門別氏)。
また、DrupalはCMSに分類されるが、スマートフォンアプリやデジタルサイネージまで含めたデジタルコンテンツの管理のほか、ECの構築や会員の管理、ユーザーへのパーソナライゼーション/レコメンドまでDrupal上で行えることから、デジタル体験管理プラットフォームとして活用されている。
「日本でもよく耳にするようになったマルケトや、欧米ではなじみのあるソーシャルログインのSaaS・Janrainなど、さまざまな外部サービスとシームレスに連携できることも強みのひとつです。11月には、約5年ぶりのメインバージョンアップである『Drupal 8』がリリースされ、ますます注目が集まっています」(門別氏)。
政府機関にも採用される堅牢なセキュリティー
オープンソースというと、企業の導入にはセキュリティー面の課題がまず挙げられる。だが、門別氏は「Drupalはむしろ堅牢なセキュリティーを強みとしています」と語る。
「GEやジョンソン&ジョンソンなどグローバル企業のほか、米ホワイトハウスやオーストラリア政府、さらには2016年開催予定のリオデジャネイロオリンピックなどで採用されていることからも、その心配は不要だとお分かりいただけると思います」(門別氏)。
同時に、第三者機関の高い評価も獲得している。先のBuytaert氏がDrupalのホスティングや付加価値サービス提供を目的に創設した企業・Acquiaは、ガートナーMagic QuadrantのWCM(Webコンテンツ管理)部門にて、オープンソースCMSとして唯一「リーダー」に選出された。競合には、AdobeやSitecore、Oracleなどが位置づけられている。
高度な拡張性とセキュリティーを備えたオープンソースCMS、Drupal。今後もCI&Tでは機能拡張モジュールを企業の状況に応じて取り入れてカスタマイズするほか、目的ごとにある程度の機能を組み込んだエンタープライズ向けのバージョンも提供していく。
ファイザー、プラットフォーム稼動コストを60%減
CI&T 門別氏に続いて、Acquia Asia Pacific & JapanよりシニアソリューションアーキテクトのDavid Peterson氏からは、Drupalのパーソナライゼーションについて、さらにオープンマーケティングクラウドにある各種データを通した「オープンマーケティング」の考え方が紹介された。
豪ブリスベンを拠点とするPeterson氏は、Drupalを全面採用したオーストラリア政府のCMSソリューション設計責任者でもある。「もう2年ほど業務を続けており、現在は40以上のサイトを管理しています。ほかにも、Acquiaがサポートするカスタマーは1,000社以上に及んでいて、目に見える成果を公表している企業もあります」とPeterson氏。
例えば製薬業界で世界売上1位を誇るファイザーは、グローバルでDrupalを導入し、プラットフォームの稼動コストが60%も削減したという。「同社はDrupalの採用理由として稼動コスト削減のほかに、システムが成熟していること、柔軟性に富み拡張性が高いこと、セキュリティーが堅牢であることなどを明らかにしています」(Peterson氏)。
日本の課題は「匿名のままでいたい」ユーザーが多いこと
数々のグローバル企業に導入されているの理由としては、多言語対応が万全であることも大きい。ソニーは300以上のアーティストの個別ページに対して、40カ国の言語でサイトを稼動している。また、今や世界中にユーザーがいるTwitterやPinterestでもDrupalは採用されている。
Peterson氏は続けて「Drupalを通して制作された日本語のサイトも、いくつも見ることができます。言語はもちろんですが、ここでお話ししたいのは、今やマーケティングにおいては必須ともいえる“パーソナライズ”についてです。おそらくほとんどの企業がまだ、趣味趣向の異なるさまざまなユーザーを一律に扱っているのではないでしょうか?」と投げかけた。
一人ひとりのユーザーとしっかりエンゲージメントを築くためには、それぞれの個性を把握し、適切なメッセージを適切なユーザーへ、適切なタイミングで発信する必要がある。しかしPeterson氏は、日本特有の課題として「日本のオーディエンスは『匿名のままでいたい』という人が非常に多い」と指摘。匿名性を気にせず、バナー広告も気軽にクリックするグローバルの傾向と比較して、クリックによる追跡を避けているからか、日本のネットユーザーは実に4割が「バナー広告を一度もクリックしない」という。
「統合カスタマープロファイルセンター」が顧客を明らかに
「企業にとって、行動データの取得はユーザー理解のために重要ですが、そこにハードルがある。日本では『自分がターゲットにされている』と感じさせずに、つながりをつくる必要があるのです。これを、Drupalでは“オープンマーケティングアプローチ”によって実現します」(Peterson氏)。
具体的には、Acquiaが提供するDrupal上の「統合カスタマープロファイルセンター」に、ユーザーの利用デバイスや接触時刻といった自動的に取得できるデータや、行動データだけでなく、ユーザーの属性やECの購買履歴などの企業独自の1stパーティデータが蓄積される。さらにここには、Googleアナリティクスなどの各種分析ツールからの情報や、セールスフォースなどのCRM、そしてソーシャルといった3rdパーティデータも随時入ってくる。こうしたある種のオープンデータは、「いつでもどれだけ使っても大丈夫」だとPeterson氏は語る。
「このように、さまざまなデータを活用して統合したカスタマープロファイルをつくり上げることで、無理にアクションさせずに匿名ユーザーをパーソナルに理解して、適切なメッセージを展開することができます」(Peterson氏)。
加えてPeterson氏は、Drupalが顧客を理解する基盤として企業のマーケティングの中心に位置づけられることで、社内でサイロ化し分断していた活動を統合できる可能性も示唆した。極めてユニークなプラットフォーム、Drupalのビジネス活用に関するセミナーは今後も続く予定。日本企業の充実した導入事例が待たれるところだ。