ネットやスマホの領域へ拡張するテレビ
スマートフォンの普及や通信環境の進化を背景に、メディアと生活者の関係が大きく変わりつつある。生活者のメディア接触時間において、新聞やテレビをはじめとした従来のトラディショナルメディアが占める時間が減少する一方で、ネットメディアが占める時間が急増している。また、スマートフォンで動画視聴を楽しむ生活者も一般的になった。2015年10月にサービスを開始した、民放公式テレビポータル「TVer(ティーバー)」のダウンロード数は200万を超えており、テレビ番組をスマートフォンで楽しむ人も増えているようだ。テレビとネットがシームレスに繋がる時代はそう遠くはないだろう。
先日、日本マーケティング協会で開催された「Media Borderプロジェクトセミナー2016」では、「拡張するテレビ、動画化するネット」をテーマに、テレビ業界関係者が集った。同セミナーの冒頭に登壇したメディアコンサルタントの境 治氏は、「私がテーマとして掲げている『テレビとネットの融合』。これを実現することで、日本のメディア界や映像の世界は大きく変わります。今はまさにピンチとチャンスが同時に来ており、厳しい側面もありますが、うまく乗り越えて新たな仕組みを作ることができれば、きっとよくなるはず」と語る。
そして前提として、テレビが拡張し始めたことについても言及する。
「“テレビ”と一口に言っても、テレビ番組としてのコンテンツの側面、電波としての放送の側面、映像と音声を視聴する受信機としての側面など、様々な役割があります。今日では一見、スマートフォンにみんなの目が行っているように思えますが、実はスマートフォンでテレビ番組を楽しんでいる人も多い。考え方によっては、スマートフォンの領域まで、テレビが拡張したとも言えるでしょう。
時にテレビはもうダメだと否定的な声を耳にしますが、私はちょっと違うと思います。それは放送の側面であって、コンテンツの側面ではありません。スマートフォンでのコンテンツ消費は断片的なこともあり、放送が若者に合わなくなっただけ。タイムシフトや視聴デバイスのフラグメンテーションが進む環境下で、テレビ局はどう変化に向き合っていくべきしょうか」(境氏)
「若者のテレビ離れ」としばしば言われるが、テレビの影響力の大きさは今もなお健在だ。新聞や雑誌などのトラディショナルメディアの後退により、広告メディアとしてのリーチ力でテレビの勝るものはない。テレビの力をいかにネットやソーシャルと掛け合わせていくかが、今後のコミュニケーション設計ではますます重要になってくる。
「2016年テレビとネット 7つのポイント」
1、SVODは第二幕を迎え、再編も起こる
2、テレビ番組のネット配信、さらに進む
3、視聴計測がホットな議論になる
4、同時再送信は着々と進む
5、動画広告がやっと本格的に盛り上がる
6、ライブ配信が急速に盛んになる
7ソーシャルテレビが再び活性化する
日テレ、フジテレビ、テレ東のVOD事業戦略
『テレビ局の動画配信、ビジネスとしての実際』と題したパネルディスカッションには、境 治氏をモデレータとして、日本テレビ放送網の太田 正仁氏、テレビ東京コミュニケーションズの蜷川 新治郎氏、フジテレビジョンの野村 和生氏、ビデオリサーチインタラクティブの深田 航志氏が登壇した。
太田氏:日本テレビはこれまで4つの動画サイトを運営してきました。2005年にスタートした「日テレオンデマンド無料」(旧第2日本テレビ。現在は日テレオンデマンドに統合されている)。2つ目は「日テレオンデマンド」。1話●●●円と、トランザクションでコンテンツごとに販売してます。3つ目が番組の無料見逃し配信の「日テレ無料(TADA!)」。そして4つ目が「Hulu」。100%子会社として日本テレビが運営しており、私自身も兼務で携わっています。それぞれのサービスをバラバラにやっているように思われがちですが、TVOD、SVOD、ADVODの3つのモデルに基づき、戦略的にポートフォリオを組んで取り組んでいます。
VOD事業の3つのビジネスモデル
TVOD(Transactional Video On Demand)
都度課金制動画配信。コンテンツを1話●●●円となどのかたちで売る配信モデル。
SVOD(Subscription Video On Demand)
定額制動画配信。Huluなどに代表される、月額定額でドラマや映画が見放題のモデル。黒字化後の収益が安定的で、景気変動に左右されにくいが、黒字までの投資額が大きい。
ADVOD(Advertising Video On Demand)
無料動画配信。収益モデルはクライアントからの広告料。多くの人が集まり、大規模になれば収益額も大きい。デメリットは景気変動に左右されやすく、規模が小さいと利幅が少ない。
太田:先ほどの境さんのお話しでもありましたが、「番組」「放送波」「テレビ機器(受像機)」が一口にテレビと言われており、それぞれの定義がごちゃまぜになっています。放送波や受像機としてのテレビは、たしかにスマートフォンに比べて不利です。だからこそ、良質なテレビコンテンツと生活者の接触機会を増やすために、マネタイズも含めてネットでの動画配信の取り組みなどを推し進めています。
野村:「フジテレビオンデマンド」(以下、FOD)は、実は立ち上がってから早10年を超えています。動画配信市場が拡大していくことは確信していたので、地上波だけでなく無料配信や有料配信まで手を伸ばし、ハイブリッド型で売り上げの最大化を目指しています。
今後のFODの戦略キーワードは「ワンプラットフォーム」です。もともとはTVODからサービスを開始したのですが、それに加えてSVOD、ADVODを有機的に組み合わせたサービスに進化しています。弊社の造語ですが、“ウルトラVOD”として、UVOD(ユーボット)というキーワードを掲げて、ワンプラットフォームでの実現を推進しています。
またADVODに関しては、2015年1月より「+7」(以下、プラスセブン)というサービス名で展開しています。放送から7日間ほど無料でコンテンツを配信しています。視聴デバイスはPCが約4割で、スマートフォンが約6割。視聴時間帯は、放送当日から翌日までが全体の半分以上を占めており、F1層・F2層の比率は地上波よりも高くなっています。違法動画への対策にもなっていますね。
蜷川:今お話しがあったテレビ朝日さんやフジテレビさんとは異なり、テレビ東京は自社の企業規模に合った独自の展開をしていければと考えています。現状ではアニメから経済まで、それぞれの番組のブランドにあったプラットフォームにコンテンツを提供しています。
ただ、経済コンテンツに関しては自社で「テレビ東京ビジネスオンデマンド」という有料サービス(月額500円+税)を展開しています。「カンブリア宮殿」や「ガイアの夜明け」などの番組コンテンツを、アーカイブを含めてご覧いただけます。今年に入って有料会員数は5万人を突破し、一応は成功していると言えると思います。我々は大きなプラットフォームを築いていくというよりは、コンテンツの流通網をさらに拡大させて、マネタイズを進めていく戦略です。