デジタル化でも、本質は何も変わっていない
押久保:さて、最初に明らかにしておきたいのは「デジタル化によって何が今までと違ってきたのか」ということです。これについてはいかがでしょうか。

橋本:デジタル化が進むことで、ブランドのあり方が変わってきていると感じます。「価値共創」ということが言われて久しいわけですが、デジタルのタッチポイントでそれが実現しつつあります。
デジタルメディアはお客様が主人公です。一方的にメッセージを押し付けるわけにはいかない。そこで大切になるのが、ストーリーです。人の思いやエピソードなど、ブランドの背景にある情報を、お客様が共感するストーリーで丁寧に伝えていくことが必要です。私は、デジタルマーケティングがキリンのマーケティングを「お客様主語」に変えていく梃子になると考えています。
キリンビールにはハートランドというブランドがあります。マス広告を一切していないのに、23年間も前年比プラスを続けています。ファンのみなさんに口コミで育てていただいたブランドですね。最近、そのハードランドの伸びが一段高くなっている。背景にはデジタル化があると考えています。
アメリカやオーストラリアでクラフトビールが定着し、日本でもブームが始まっていますが、ここでもデジタルの拡散力が影響しているように思います。そういう意味では、ビールカテゴリー自体が大きく変化していくという予感があります。
富永:デジタル時代といえば、よく「生活者の変化に合わせよう」といわれますが、個人的にはこの意見に疑問を感じます。生活者は本当に変化しているのでしょうか。変わっているのは、生活者の「まわり」であり、それに人間のほうが合わせてきているというのが、正しい解釈だと思います。
デジタルはあくまで手段です。たとえるなら、東京から地方に行く際にまず選ぶのは、高速のような幹線道路で、広告に言い換えると、それは「マス広告」のような存在だと思います。一方で、バラバラに建設されているショートカット用の道がデジタルのような存在です。三車線や一方通行もあり、脇道もある。色々な種類の道がありますが、そこだけを通って目的地に着くことはなかなかできません。
言うまでもなく、大事なのは行き先=目的です。デジタルマーケティングという言葉により、ある種の思考停止に陥りつい手段だけに目が行きがちですが、全体を見ているCMOは、目的をいかに効率的に最大化するかを考え、最適な行き方を選ぶことが重要です。
今こそ求められるブランドマネージャの役割とは
橋本:当社はテレビCMを中心にやってきた会社なので、その効果が見えにくくなってきたのは肌で感じています。しかし、だから「デジタル」というのは少し違う。「広告はなんのためなのか」ということを、もう一度考えないといけないと思います。
富永:今のマーケティングはデジタルが主体になりがちですが、一方で、今までのブランドマネージャのような考え方も必要だと思います。ただ、ブランドに対する旧来の捉え方は、「一度価値を作ったら、それから逸脱することは許さない」という固定概念があり、それがデジタルの俊敏さや「とにかくやってみる」という柔軟性とは相容れないものがありました。
個人的には、ブランドはお客様の心の中にあるもので、その根底は少々のことではぐらつかないと思います。変わるべきはブランドに対する捉え方で、そこにデジタルの俊敏性や柔軟性を取り入れていくのが良いと思います。
橋本:おっしゃるとおりで、ブランドに対して厳格になりすぎる必要はありませんよね。ブランドマネージャーは、ブランドにとって一番大事な部分を押さえ、あとはお客様に編集をしていただくという姿勢が大切だと思います。お客様と企業の間に立って価値を創造してくのが、今後のブランドマネージャの役割なのでしょう。