データの価値を再定義するためのクリエイティブ視点
佐々木:データは効率化や最適化を実現するものとして捉えられているケースが多いように思いますが、我々バスキュールは、「ストーリーを内包しているもの」としてデータを捉えています。だから、データはクリエイティブの入力ソースとしても可能性がある、と。
MZ:データにストーリーがあるというのは?
佐々木:たとえば、ネスレ日本の「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ i[アイ]」という、アプリでコーヒーの量や泡立ち具合を調整してコーヒーを作れるコーヒーマシンがあるのですが、どこで、どんな気分で、どんなコーヒーメニューが飲まれたかみたいなデータがリアルタイムで飛んでくるわけです。「朝、-5℃の北海道でこんなコーヒーが作られました」というのは記録ですが、そこにはコーヒーをいれる人のエモーションがあり、それが行動を作り出している。
馬場:コーヒーのログはただの数字だけれども、それはコーヒーを飲んでいる人がいるという痕跡でもある。集積する数字の後ろにはみんなの「コーヒーを飲む今のストーリー」が隠れていることを、クリエイティブによって体験に変えられるんじゃないか、と。
編集部追記:バスキュールはこの考えの元、実際にバリスタi[アイ]のリアルタイムデータを音に変換して、気持ちを共有する「COFFEE MOMENT ENSEMBLE」というクリエイティブを手掛けています。
MZ:最初にその変化を感じたのはいつ頃のことですか?
佐々木:Yahoo! Japanの“Search for 3.11”データビジュアライザを制作したあたりからですね。これは東日本大震災に関する検索ビッグデータの変遷をビジュアライズする、というものです。

検索キーワードごとの検索数が時間軸で移り変わっていく様子をビジュアライズしています(こちらで動く様子がご覧いただけます)。あの時のあの瞬間に人々は何を知ろうとしたのか、そして時間が経ち関心が風化していく様子を、検索データの推移からありありと感じ取ることができます。
馬場:これは当時、普通にデータビジュアライゼーションと呼んでいたんですが、一方で「ただの」ビジュアライズじゃないなこれ、とも感じたんです。見ていると、時間の経過に合わせて膨張するキーワードの一つ一つが、当時の自分の不安な気持ちのありようを正確に引きずりだして、もう一度あの時を追体験させられます。ただ文字が大きくなり、小さくなる、それだけのことで、自身や理解の理性的な領域を超えた、見る人の感情を大きく揺さぶるコンテンツになってる。それは僕自身が、この言葉たちにとても強いストーリーを感じているからなんですよね。
原:そのあたりから、人体をスキャンしたり、バット振ってみたり、音を聞いてみたり、ロボットや装置を作ったり、ウェブとは全然違うインプットやアウトプットにチャレンジし始めていたので、それらをまとめる言葉がほしいと考えていた側面もあります。いい意味で、俺ら何やってんだろうって思っていて。それで昨年末くらいに、たどり着いたのが、このデータテイメントという言葉なんです。
馬場:元々この言葉は、数年前にアメリカのスポーツ業界で使われていたようです。でもそれはエンターテイメントをデータで補強するともっと面白くなる、という文脈でした。僕らはリアルなデータをエンターテイメントにしていきたい。矢印が違うんです。
データテイメントが提供する体験とは?
MZ:データテイメントではどのような体験を提供したいのでしょうか?
原:僕らバスキュールはかなり早いうちから、体験って言ってたんです。僕らにとって体験とは、どう心に触れて、どれだけ心を動かしたかっていう、それを測る目安というか、その単位を体験と呼んでいるような感覚があって。
いい体験を作る、イコールそのコンテンツに触れた人の心をどれだけ動かせるかですよと。UXはどちらかというと、サービスやプロダクトのクオリティを計る尺度であって、一方、僕らが捉えている体験というのは、どれだけそれに触れた人の思い出に残るかとか、記憶に残るかとか、どういうふうに心に触れたか。僕らの基準はユーザーサティスファクションにある気がしてるんですよね。
佐々木:体験に包括されてるのはコピーができないことだと思っています。今っていろんな情報がタダで手に入って、コピーもできるじゃないですか。その中で、ライブやフェスに行きたいのは、それが唯一無二だから。どういうものを提供すればコピーできないオリジナルとなる価値が提供できるのか。ストーリーを持つリアルなデータやライブなデータが使われることで見出されるオリジナリティも、体験したくなるモチベーションになると考えています。
原:個人的な原体験の話なんですが、2009年にドミノ・ピザさんのお仕事で、オンラインで注文すると、自分が頼んだピザの工程とシンクロしてエンタメムービーが展開していく、というコンテンツを作ったんですね。ピザを頼んだ後に待ってるだけの状態を、リアルタイムな進行工程データと連携して、今生地を伸ばしてますよ・トッピングしていますよ・オーブンに入れましたよ、とエンタメになった映像化することで、待ち時間を楽しい体験に変換する。当時これも広い意味でインタラクティブだな、面白いなと思ったんです。
バスキュールはずっと、テクノロジー×デザイン×コミュニケーションの力で、あらゆる体験をアップデート、或いは再定義しようとしてきました。そこにデータテイメントというアプローチが加わることで、より可能性が広がる。
佐々木:バスキュールならではのアプローチでいうと、既にある枠組みの中でより良い体験を提供する方法もありますが、僕らが得意としているのは、枠組みそのものをデザインやテクノロジーでアップデートさせて、体験の性質自体を変えてしまうこと。データテイメントでもそれをやろうとしてる。
たとえば、バスキュールはリアルタイムの流星データとイルミネーションの輝きを連動させた「NIHONBASHI-願いの森」というイルミネーションを作りました。イルミネーションを従来の評価基準で考えると、電球の数イコール価値という側面がありますが、「NIHONBASHI-願いの森」の価値は規模感ではなくて、流星と組み合わせた時に生まれたストーリーです。
流星の状況によって変化するイルミネーションを見ていると、10分間に1回ほどのスパンで星が降っていることに気付きます。これはリアルタイム流星検知システムとそこから得られるデータを使った体験ならではのものです。イルミネーションという手段を通じて、都会の明るい上空でも、実は頻繁に星が降っているという事実を体験することができる。自分の周りで既に起きているけど気付いていない出来事が具現化されることで、その価値に気付くことができる。価値を体験するという枠組みそのものを変えることもデータテイメントがもたらす効果だと考えています。
MZ:お話を聞いてると既存の価値観をアップデートしたり、新しい見方にしたりすることも一つの体験なのですね。体験することに価値があるというよりも、価値を体験してほしいという話。