スマホ1台で歌声や演奏を録音して投稿し、音楽でコミュニケーションすることができるアプリ、nana。若者を中心としたユーザーは国内外で300万人を突破、累計楽曲再生数は12億回を超えました。先月下旬にはDMM.comによる買収が発表され、今後の展開にも注目が集まっています。DMMグループの一員となった今、未来に何を狙うのか? 挫折と偶然が織りなすサービス誕生秘話とは? 企業はnanaの若いユーザーたちにどんなコミュニケーションをとるべきだろうか。
DMMグループ入りで世界展開を加速
菅野:DMM.com による買収は大きなニュースでした。DMMの新代表の片桐氏は、イラストコミュニティサービスの pixiv(ピクシブ)を作られた方ですよね。 六本木のawabar(※)で知り合って、買収の話もそこで決まったとか(笑)
※awabarはIT系、スタートアップ業界の人が多く集まる六本木の泡モノ専門スタンディングバー
文原:そうなんです。そこで話がトントンと進みました。
菅野:今回の決断にいたった背景や狙いを教えてもらえますか?
文原:バイアウト自体はこれまで考えていなかったんです。選択肢のひとつとして頭の片隅に置いていた程度でしたが、今回のオファーそのものが実際に考えるきっかけになりました。自分が本当にやりたいことは何かを考えたら「ビジネスをやりたい、会社をやりたい」ではなく、「プロダクトを作りたい、その延長上にある自身が理想とする世界を作りたい」ということが一番だと思ったんですね。
そのためにはどの選択肢が最適か、自分なりに考えた上で、今回のオファーを受けました。あとは亀山会長と、片桐新代表の人柄や考え方に共感できたからです。
菅野:DMMグループのリソースで、本格的に世界進出も加速される?
文原:はい、グループにジョインしていろんな制約から解放されたこともあって、これまで以上に勝負を仕掛けていきます。今後特に注力したいことは、北米を中心とした海外展開です。海外のユーザー数は順調に伸びてきているので、ミッションの『音楽で世界をつなぐ』を現実にするべく、大きく投資していきたいと思っています。
菅野:個人的には、pixivはイラスト、 nanaは音楽ですが、両者はいわゆる独自の「ネット文化」を体現しているサービスですよね。それが今後世界にどんどん拡がっていく、というのが今回の買収の大きなビジョンでもあるのかなと。
文原:まさにそうですね。これから、日本のコンテンツ文化、ネット文化を輸出していくということはどんどんやっていきたいと思っています。
スティービー・ワンダーを夢見た青年は、F1を目指した
菅野:では文原さんの人となりに迫りたいと思いますが、なかなか異色の経歴なんですよね。かつてはF1レーサーを目指していたと聞いています。nanaに至るまでを、流れを追って教えてもらえますか?
文原:まず自分の根本にあったのは音楽ですね。歌うことがとにかく好きで、あらゆるところで歌っていました。憧れはスティービー・ワンダーで、彼みたいに歌えるようになりたいと思っていました。ですが、19歳のときに車の免許をとりに教習所に行き始めたら車を運転するということがおもしろくておもしろくて、モータースポーツに興味がわきまして。見始めて一気にのめりこんで、バイトの貯金でレーシングカートを買ったんです。
菅野:行動派ですよね。車を運転することの何がそんなにおもしろいと思ったんですか?
文原:昔から肉体を使うスポーツが好きだったんですよね。でも車って完全に人間の能力を超えているものじゃないですか。それを人間がコントロールするというのが感覚の拡張のような感じでおもしろくて。
菅野:運転を人間の感覚拡張として捉えた(笑)。それでスクールにも入ったと。
文原:はい。オーディションを受けて、僕は入学するときはトップだったんです。プログラムを受けてトップで卒業できたらお金が出てさらに上のクラスに行けたんですけど、抜かれてしまいましたね。通ったのは半年だけのプログラムでしたが、タイムでずっと評価される厳しい勝負の世界でした。クラッシュしたら全部実費ですし。
菅野:カートも自分で買って、クラッシュしたらまた自分で?
文原:そうです。カートから車、フォーミュラに行っても、モーターレースの世界って壊れたら基本的に自分で直すんですよ。
菅野:それはちょっと、お金がないとできないですよね。
文原:まさにそうなんです。スクールの時も何度かパーツを壊してしまって、でも裕福ではなかったので、お金のことが頭を支配し始めるわけですよ。次壊したら、と。それで攻められなくなるところもあり、メンタルから崩れていってしまって、残念な結果に終わりました。スカラシップに選ばれず、モータースポーツは諦めざるを得なくなってしまった。正直、自分の中でぽっかり穴が開いてしまった感じでした。