ぽっかり空いた心の穴に降ってきた、歌いつなぐ人たちの動画

文原:でも仕事もしないといけないですし、ネットでいろいろと情報収集するようにもなりまして、その頃にTwitterを始めたんです。Twitterを通じてネットの中の友達がどんどん増えていって、関東のIT系の人たちやWeb系の人たちともつながり、テック系のメディアも見るようになりました。
という中で2010年、ハイチ沖地震のときにYouTubeで「We Are The World For Haiti(YouTube Edition)」という、ハイチ地震のチャリティのために素人57人が作った動画をたまたま見て、「なにこれ超いい!」と思って、何回も見直して、一人でiPhoneのボイスメモに歌を録音してそれにハモる遊びをして(笑)。
でもその動画をみたときに、音楽で世界をつなぐコンセプトはすごくいいのに、それでもまだ国籍や人種が限られていて敷居が高いのが課題点だと思ったんです。これはもったいないなと、この当事者になれたらすごいのになと。
でも待てよと。スマートフォンというのはPCと違って安価で小さくて誰でも持てるネットデバイスになるだろう、このマイクに向かって歌えば向こうの仲間とつながって一緒に歌い合うことができるんじゃないか?というアイデアが何となく浮かんだんですね。
F1という目標がなくなった自分の中でわくわくするものがまた湧いてきて、「これは作りたい!」と思いました。そのあとチームを探し始めて、東京のITコミュニティに飛び込んで話をしていた時に、Twitterで偶然「銭湯探してる」とつぶやいたら返信をくれたのが、今のnanaのCTOです(笑)。
プロフィールに「エンジニア」とあったので一度話を聞いてくれと頼んで会って、初対面で6時間くらい延々と話したら、最終的に「なんかおもしろそうだから手伝いますよ」と言ってくれたんですね。
菅野:なるほど。ハイチ沖地震のYouTube動画から着想を得てTwitterを通じて東京のITコミュニティに飛び込んで、Twitterを通じて実際に構想を形にできるエンジニアにも出会った。今っぽい創業ストーリーですね(笑)。
リリースからキャッシュアウト、そこでオフ会
文原:2012年8月に最初のリリースをしました。ですが、思ったようにはうまくいかなくて、リリース数日でダウンロード数が激下がりし、1週間たった頃からは毎日10〜30ダウンロードが続くという苦しい状態でした。キャッシュはどんどん減るしチームで辞める人も出てきて、半年後には本当にキャッシュアウトしてしまいました。
ただ自分の中でこのサービスは絶対いけるという確信はありましたし、ユーザーも徐々に増えてはいたんですね。でもエンジニアがほぼいなくなって開発が止まってしまった。その中で何かできることはないかと考えて、公式のオフ会を開催しました。100人集めたんですけど、あれは今振り返ってもやってみて良かったです。
あのとき来てくれた人はすごくコアなファンになってくれたと思います。その後、思わぬところから資金調達の話が決まったのでエンジニアを雇って開発を再開し、ちょっとしたことでユーザー獲得が大きく伸び始めたのが13年末でした。
菅野:大変な時がありつつ、元々コミュニティ志向をDNAとしてもっているというか、ネットサービスとはいえオフ会を大事にしたところがおもしろいですね。
文原:今は大規模なフェスも含めて年に1〜2回公式イベントをやっています。去年はzepp ダイバーシティ東京でスペシャルライブをやって、人気ユーザーさんにも歌ってもらって、1500人が集まりました。
nana自体は手軽に音楽をやる楽しさを提供するサービスなんですけど、一方で、会って音の空気や振動を感じてリアルの空間で音楽をやる楽しさはまた別にあると思っているので、それも提供したい。なので、今もリアルは重視していますね。