意識的に回答するアンケート調査の限界
MarkeZine編集部(以下、MZ):ニューロマーケティング、ニューロリサーチという言葉自体は耳にしたことがありますが、まだ定着している手法ではないのかなという印象です。
そんな中、マクロミルさんでは昨年からニューロリサーチに関するR&Dに本腰を入れられていたんですね。すでに企業と実用フェーズに入っているとのことで、今回は2回に渡り、ニューロリサーチの最先端に迫りたいと思います。まず、原さんの所属されているR&D本部の役割をうかがえますか?
原:R&D本部は、昨年立ち上げたばかりの部門です。当社はおかげさまでリサーチ業界においては知名度もあり、業績も順調に伸ばしています。しかし、ビジネス環境の変化がますます激しくなっている昨今、10年先を見据えた長期的なR&D活動を本格化すべきだと判断し、R&Dに特化した部門を新設しました。
R&D本部は現状のいわゆるアンケートやインタビューのリサーチ以外に、5年後10年後にスタンダードになっていくような手法を探索・研究するミッションを担っています。現在では、主にニューロリサーチと、AIのビジネス実装の2つをテーマに活動しています。
MZ:調査会社でR&Dというのは、たしかに何をされているのか最初は想像がつきませんでした。近未来の調査のあり方を探るということなんですね。その有力なひとつがニューロリサーチということですが、そもそもなぜ注目されたんですか?
原:根本にあるのは日々クライアントと向き合う中で、ある領域においては従来のリサーチだけでは限界がある、と感じる点があったことです。
デバイスの進化がニューロリサーチの実用化を促進
MZ:いわゆるモニターを集めて、商品やCMなどを見てもらってアンケートやインタビューに答えてもらう、一般的な調査のことですか?
原:そうですね。そもそも、人が自分の気持ちを正確に言語化するのは難しいことではないでしょうか。特にインタビュー調査は、その場で聞かれたことに対して自分がどう感じたのかを正確に言語化して回答する必要がありますが、本当に正確に言語化できているのか、もっというと人は本当に自分の気持ちをありのままに捉えられているのか、という点は以前から議論されていました。
もちろん、我々もアンケートやインタビューが万能ではないとわかっていますし、万能でないことを前提としたソリューションを提供しています。しかし、生体情報を測定する技術も進化している中で、考えて意識的に回答するのではなく、考える前に自然に反応してしまう神経活動を測定することで、より人間の奥底にある本音に迫れるソリューションが開発できるのではと考えて、ニューロリサーチに着目しました。
MZ:たしかに、回答者が言葉にできていないこと、気付いてもいないことも多そうですね。
原:誰しもが自分自身を正確に理解し、考えを適切に表現できるわけではないということだと思います。加えてお話しすると、生体情報を計測するデバイスの進化も大きな要因です。昨今では、スマホをはじめとして、ウェアラブルデバイスの発展やその他様々な技術の進化が目覚ましいですが、脳波計も昔と比べてだいぶ小型化し手軽に利用することができるようになってきています。
その他、非接触型の生体情報計測技術も発展しており、最新の研究ではwifiルータから発する電波の反射を分析することで、デバイスを身につけることなく心拍数を高精度で測定できる技術が発表されたりしています。
このような技術がますます進化し実用化してくると、脳波や心拍といった生体データの収集自体が簡単、かつ手軽になっていく。そうした環境下で最も重要になるのは、生体データをどう解釈するかという部分になってくるので、そのノウハウを今のうちから蓄積していこうと考えています。
欧米のニューロリサーチ市場は1,000億円規模に
MZ:昨年、国内でニューロマーケティングのパイオニアといわれるセンタン社と業務・資本提携し、続いて子会社化されたのも、この領域を強化していく一環ですね(プレスリリース)。
原:そうですね。先ほど生体データの解釈の話をしましたが、マーケティングリサーチへの実用化はまだまだ発展途上なので、たとえば当社のリサーチャーがニューロデータを簡単に解釈できるほど簡素化・パターン化はされていません。その実現も視野に入れながら、センタン社の研究員や監修に入っていただいている大学教授の協力を得て、研究と実用化を両輪で進めている状況です。
MZ:ちなみに、この領域は欧米のほうがかなり進んでいると聞いたのですが、市場規模はそれぞれどの程度なんでしょうか?
原:国内のマーケットは現状数億~十数億程度、対して欧米は1,000億円あると言われています。欧米では大手企業を中心に、家電製品のUI/UX改善や、自動車のデザイン評価などに使われているようです。
ただ、この1年間ニューロ領域に集中的に取り組んで、クライアントの具体的なニーズを体感していると、国内でも急速に伸びるポテンシャルはあると実感しています。
MZ:なるほど。では具体的な事例に入る前に、そもそもニューロリサーチとは何か、教えていただけますか?
原:よく脳波だけを測ることだと誤解されるのですが、対象は脳波を含めた神経活動全般です。心拍や皮膚電位、その他にもたとえば唾液でストレスを測定したりもします。こうした、人の無意識から生じる反応を用いて、行動原理や心理を推測する手法がニューロリサーチです。
脳波でわかる注目度合いや理解、好印象の有無
MZ:たとえば、どんなことがわかるのですか?
原:脳波について紹介すると、ここに注目したという「注意・興味」、使いやすさや操作性がわかる「認知負荷」、その他にもポジティブに感じているかネガティブに感じているか、あるコンテンツに対する「共感度」などがわかります。
たとえば店頭の買い物客の行動モデルとして「ストップ(立ち止まる)・ホールド(手に取る)・クローズ(購入)」というステップがありますが、注意を引けるか、手に取りたいというポジティブな気分になるか、といったことを脳波で測ると、パッケージの評価に使えますね。
MZ:その気分の変化は一瞬でしょうから、なかなか自分でうまく言えそうにないですね。商品の使い心地なども言葉にしづらいですが、使っていて気分がいいとかイマイチというのは確実にありますし。
原:そうですよね。たとえば自動車だと、乗り心地や運転のしやすさを回答してもらうのは難しいので、ニューロリサーチが使われています。
また、こういった調査は積極的にPRにも使われています。具体例を挙げると、昨年婚活に使えるカラーコンタクトレンズを提供する企業のPRで、ニューロリサーチの結果が活用されました。内容としては、結婚願望のある独身男性16名(26歳~39歳)を対象に「女性が『婚活に使えるカラーコンタクトレンズ』を装着すると、男性からの好意を持たれやすくなるか?」を調査しました(調査結果詳細)。
人の印象は出会って3~5秒でほぼ決まると言われ、これは「適応性無意識」という心理反応の一つです。婚活ではこの3秒勝負の第一印象をよくするために、様々なサービス・商品があります。
今回の調査で、婚活に使えるカラーコンタクトレンズをつけた女性の顔は、裸眼時よりも「適応性無意識」の前である、見て1~2秒の段階(無意識)の時に、男性に対してより魅力をあたえる結果となり、婚活シーンにより役立つであろうことが示唆され、この結果をPRとして活用していただきました。
実際にマーケティング部や宣伝部で活用進む
MZ:なるほど! それは、「90%が『カラーコンタクトレンズを付けた方が魅力的』と回答した」といわれるより、信憑性が高そうです。自己申告してもどうなんだ、みたいな調査だと説得力があまりないというか。
原:このようなPR活用の他にも、先ほどお話したパッケージ調査や動画のクリエイティブ評価、スマホのUI/UX改善などに使いたいといった依頼も受けています。
MZ:もう完全に実用フェーズですね。御社が今扱っている案件を発注元や用途で分けると、どのような状況なのでしょうか?
原:おおまかに、6割がメーカーの研究所、4割がマーケティング・調査部や宣伝部からご依頼をいただいています。研究所では、たとえば新しい映像技術を使えるスクリーンができたとき、それを見ることで視聴者の心理に変化があるのかといった技術受容性を確認したり、実際にできあがった製品・サービスの仕様や効能を評価したり、自動車の乗り心地のようなアンケートでは回答しにくい感覚的な部分を明らかにしたりするのに使われています。
マーケティング領域だと、前述の通りPR活用やテレビCM、Web動画広告のクリエイティブ評価、商品コンセプトの評価などに応用されています。
Web動画や商品コンセプトのチューニングに有効
MZ:動画のクリエイティブ評価とは、テレビCMやWeb動画を事前にモニターに見てもらって、編集を改善していくということですよね? それは、有用性が高そうです。実際に事例はあるのですか?
原:2015年に1,000万回以上再生されてネット上で話題になったWeb動画があるのですが、その制作時に我々の共感度測定調査を使ってもらいました。パイロット版をモニターに見てもらい、共感を呼んでいるところ、逆に注意が下がるところを把握しました。それを元に、共感度や注意などが低くなる部分で音楽を盛り上げてアテンションを引いたり、不要な部分をカットしたり、全体のトーンを調整したりしたと聞いています。
MZ:それはまさに、事前に知ることができるとかなりチューニングができそうですね。コンセプトの評価、というのは?
原:これも今増えている依頼ですが、同じ商品やサービスでもコンセプトやコミュニケーションメッセージが違うと、受け手の印象は大きく変わりますよね。
リリース前に、ニューロリサーチで反応を把握することで、より注意を引き、印象が良く、バズが起こりやすいコンセプトに寄せていくことができます。文章だけでなく、営業トークやサンプリング時に声をかける時のメッセージの改善等にも有効だと思います。
また、今アマゾンやグーグルの音声エージェント端末が急速に広がる中で、広告などの音声でのアテンションに改めて注目が集まっています。音声広告を聴いた際の心理変容などの測定にも、ニューロリサーチが大きく貢献できると思いますね。
――後編では、実際にマクロミルのニューロリサーチを使った「フリスク」(ペルフェッティ・ヴァン・メレ・ジャパン・サービス)の事例を中心に、バズにつながる「共感度」という独自の指標の活用とその効果に迫っています。後編はこちらへ。
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