一人の顧客が抱く多様なニーズをいかに捉えるか
ファミリーレストランの運営を手がける、すかいらーく。誰もが一度は店舗を利用したことがあるのではないだろうか。1970年代に「子どもと一緒に外食を楽しむ」という新しいライフスタイルを提唱して一大産業となり、今では老若男女が思い思いに利用する、食とコミュニケーションのスポットだ。
同社の長年の課題が、顧客の多様な利用場面に応じて、“その瞬間”に最適なコミュニケーションを実現することだ。たとえばガストでいえば、日本国内の認知率は90%を超えている。高い認知率だからこそ、様々な人がいろいろな目的で店舗を訪れる。
すかいらーくレストランツ(ブランド横断での店舗オペレーション統括を司る事業会社)の上遠野勇樹氏は次のように語る。
「たとえばオフィス街の店舗でランチを食べる人が、週末には郊外の住宅地にある店舗に家族で訪れるケースや、モーニングによく利用するシニアがティータイムに趣味仲間と来店するケースなど、枚挙にいとまがありません。そのような多様なお客様に対して、単一のカスタマージャーニーではお客様に興味を持ってもらえる『接点』をカバーできないのです。多種多様な場面ごとに、いろいろな接点があるので、それに応じた瞬間瞬間のコミュニケーションをしていきたいと考えています」
想起の後、実際に選ばれるために
そこで導入したのが「Salesforce Marketing Cloud」(以下、Marketing Cloud)だ。具体的な活用を見ていく前に、すかいらーくグループが運用しているコミュニケーション基盤に触れたい。同社のコミュニケーション基盤は大きく2つに分けられる。
1つは直接コミュニケーションをとる顧客基盤。これを構成するのは、すかいらーくグループのお得なクーポンが届くメールマガジン「オトクーポン」のユーザーと、ブランドごとのアプリユーザーだ。アプリは「ガストアプリ」「バーミヤンアプリ」「ジョナサンアプリ」の3種類で、ダウンロード数は合計1400万を超える。直接コミュニケーションをとれる基盤としては非常に大規模なものだ。
もう1つが、すかいらーくグループ本体のコーポレートサイトやブランドサイト、オウンドメディア、SNSなど、Webを基軸とするコミュニケーション基盤だ。
後者は必ずしもブランドのヘビーユーザーとは限らないが、広く情報を発信することでライトユーザーの興味関心を促す役割をもつ。現在はブランドごとの運用となっているが、Web コミュニケーショングループディレクター 濱嶋保樹氏によると、「近い将来ブランド横断型で、すかいらーく全体のコンテンツマーケティングに取り組んでいく計画」だという。
「2018年1月にすかいらーくのWebサイトをリニューアルしました。目指している姿は、単なる宣伝ではなく、すかいらーくブランドの未来像を始め、ファミリーレストランでの食が楽しくなるコンテンツの提供です。たとえば『お腹が空いた』と思った時、ガストやジョナサンが候補に挙がる可能性は高いですが、実際に選ばれるためにはブランドを深く知っていただき、身近に感じていただくことがポイントになると思います」(濱嶋氏)
具体的には、新商品の開発秘話や、食育に関する情報、こだわりの食材など、商品やブランドの魅力につながる情報の発信を目指す。ゆくゆくは、キュレーションサイトなどへのコンテンツ転載を進め、様々なチャネルからオウンドメディアへ誘導していくフローを確立する計画だ。
そして、せっかくのコンテンツであれば、前述した顧客基盤と統合してコンテンツマーケティングを行い、ユーザーの興味関心に応じた最適な提案へつなげることで、よりエンゲージメントを強化する。その目的に適っていたのが、Marketing Cloudだったという。
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顧客が「お店に行きたい!」と思うクーポンを
「Marketing Cloudの導入前はオトクーポンにしろ、アプリにしろ、基本的にプロダクトアウトの発想でコミュニケーションをとっていました」と上遠野氏。たとえば、季節メニューが出るたびに、ブランドのプロモーション担当者がクーポンメールやアプリのプッシュ通知を大量に送っていたのだという。旬の季節メニューは、確かに企業側が一押ししたい商品ではあるが、ユーザー側がそれを求めているとは限らない。
「そうではなく、『この人はお子様メニュークーポンを使っているな』とか『和膳が好きな高齢者の方だな』『毎朝モーニングのために来店している』などの情報が、会計データやクーポンの利用状況からわかれば、お客様の店舗体験の幅を広げるようなオファーができます。それでいて、企業目線やプロモーション視点ではありません。そういうことをやりたいと考えています」(上遠野氏)
すかいらーくグループにとって、Marketing Cloudの最大のメリットは、顧客の行動をトリガーにして、最適な提案をその瞬間に届けられること。一人の顧客が場面や目的に応じて異なる顔で訪れる場所だからこそ、その瞬間のユーザーニーズを把握し、最適なタイミングでユーザーが欲するオファーを提案することで、次の来店を促すことができる。
その実現に向け、まずはクーポンやアプリを中心とする顧客基盤で、Marketing Cloudのマーケティングオートメーション機能の活用が進んでいる。
シナリオを磨き、反応率30%上昇
現在同社ではMarketing Cloudを使って、アプリのプッシュ通知やメールマガジンで複数のシナリオを走らせている。季節メニューのお知らせなどは、今までどおり担当者が手動で通知しつつ、ユーザーの行動やその日の天候、誕生日などをトリガーに自動で通知されるシナリオをいくつか用意しているという。具体的には以下の通りだ。
- 特定の曜日に特定のクーポンを配信する定期通知
- 雨や真夏日など天気予報に基づいた天気連動型通知
- 春一番が吹いた日などに記念に配信する、季節感を促す通知
- アプリのダウンロードや、オトクーポン登録時に配信するウェルカム通知
- クーポン利用後に、次のおすすめブランドのクーポンを提供するサンキュー通知
- 自分の誕生日や、子どもの誕生日に送るバースデー通知
もちろん、最適なタイミングに、多種多様なニーズを持つ人に最適な提案をするために、いくつか工夫を重ねている。たとえば、過去のクーポン利用状況を分析し、ユーザーが反応しやすい割引提案やメニュークーポンを提供。予測精度を上げるため、異なる種類のクーポンを提案し精度を少しずつ向上させているという。現在提供するクーポンのブランドはランダムだが、その実績を蓄積して機械学習ツールに読み込ませることで、予測精度を一層上げていく構えだ。
また、ユーザーのアプリ起動時間や、起動頻度、回数などを機械学習ツールに覚えさせ、ユーザーごとの起動しやすい時間に最適化してプッシュしている。最適化したタイミングでプッシュ通知を送った層と、そうでない層をセグメントして比較したところ、反応率は20〜30%も差が生じたという。
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クーポンが使われない場合はどうする?
複数あるクーポンシナリオのうち、反応率が群を抜いて良いシナリオが2つあるという。1つは、クーポンを使った後に送るサンキューシナリオで、もう1つはウェルカムシナリオだ。
この2つのシナリオの反応が良い原因を、ユーザーの行動をトリガーにしているためだと上遠野氏は考える。ユーザー自身がすかいらーくグループの店舗に興味を持ったタイミングでアプローチするため、クーポンの利用や来店などにつながりやすいわけだ。
また、登録している子どもの誕生日に合わせて送るバースデークーポンは、ファミリー層の来店に大きく貢献しているという。子ども向け商品のクーポンでも、結局は大人もメニューを頼むことになるので、ROIが極めて良い。これに対し、定期通知のシナリオはやや反応が落ちる。ヘビーユーザーや興味のあるユーザーだけでなく、休眠ユーザーにも送っているからだと考えられる。
そこで同社では、今後こうしたクーポンに反応しない層に対しては、濱嶋氏が進めているオウンドメディアのコンテンツでアプローチしていくことも視野に入れている。
「お客様の行動は様々ですが、たとえばアプリにオウンドメディアコンテンツを配信し、その閲覧履歴を分析して、レコメンド内容を考えていくという方法もあります。また、店舗検索をした人に対し、近くにあるすかいらーくブランドの店舗を提案するというやり方もあります。このように、クーポンを利用されない場合のシナリオも策定していきたいと考えています」(濱嶋氏)
ゆくゆくは、オウンドメディアの来訪者やアプリユーザー、メールマガジンの登録者などを単一IDで把握し、クーポンの利用からコンテンツの閲覧まで、様々な行動を統合管理していきたいと、両氏は展望を語る。
こうした将来を見据えて開発を進めているのが、ブランド横断型の「すかいらーくアプリ」だ。上遠野氏は、マーケティングオートメーションチームのリーダーとして、Marketing Cloudとアプリの機能を連携する開発プロジェクトのオーナーとして開発を指揮しているという。
人生に寄り添って、食の豊かさを提案したい
現在同社が注力しているのは、「顧客の最適なタイミングで適切なオファーを提示すること」だが、最終的に目指しているのは、ユーザーのライフステージを踏まえて、最適な提案をしていくことだという。
たとえば、自分が子どもの時に家族で行ったファミリーレストランは、その後成長していくに従い、友人と一緒に楽しむ場所に変わっていく。そして結婚して子どもができ、“昔自分が通ったあのファミリーレストランに、自分の子どもを連れていく”という未来が訪れるかもしれない。
「お客様の人生のストーリーに基づいて『家族や友人と一緒に食事する豊かさ』を実感できるようなコミュニケーションを実現したいですね」(上遠野氏)
ユーザーの人生に寄り添い、「食べること」の楽しさや豊かさを提案することで、すかいらーくブランドの価値そのものも向上していく。また、「すかいらーくの強みは、店舗での実体験を通じて価値を訴求できること」と濱嶋氏。
「デジタルはツールとして接客に利用しますが、何でもできるわけではありません。あくまで店舗の実体験を補足するのがデジタルツールの役割なので、そこで行き過ぎないように、お客様に寄り添う姿勢が大事だと思います」(濱嶋氏)
店舗での「いい体験」が、「次もここに来よう」というモチベーションにつながる。それを促す提案を、Marketing Cloudで組み立てる。それが、すかいらーくグループの目指す良い顧客体験作りなのだ。
カスタマージャーニー研究プロジェクトチームのコメント
加藤:ファミリーレストランは、顧客に選ばれるための大前提としてのカスタマージャーニーがとても複雑です。今回のインタビューから学べることは、様々なデータで顧客を理解したうえでコンテンツの中身=接客感を磨いていくことが、いかに重要かということです。デジタルテクノロジーを介した「店舗接客の延長」が、顧客体験を広げている好例と言えるでしょう。
押久保:「店舗の実体験を補足するのがデジタルツールの役割」。魔法の杖として捉えられがちなデジタルツールですが、このように何を実現したいのか、役割は何なのかを的確に理解することがまず重要だと感じます。クーポンに反応しない層への対応などは「お客様に寄り添う」という姿勢が徹底しているからこそ生まれる視点と言えるでしょう。
カスタマージャーニー研究プロジェクトとは?
「カスタマージャーニー」、顧客の一連のブランド体験を旅に例えた言葉。デジタルやリアルの接点が交差し、顧客の行動が複雑化する中、「真の顧客視点」に立って、マーケティングを実践する重要性が増してきました。
カスタマージャーニーに基づいたマーケティングの必要性は、その認知が進む一方で、「きちんと“顧客視点に基づいたシナリオ”を作成し、運用できている企業はまだまだ少ない」多くのマーケターに意見を聞くと、そのように認識されています。
今回、押久保率いるMarkeZine編集部とセールスフォース・ドットコム マーケティングディレクターとして、各企業とジャーニーを研究してきた加藤希尊氏を中心に、共同でカスタマージャーニー研究プロジェクトを立ち上げました。本プロジェクトでは、「顧客視点のマーケティング」における成功例を取り上げ、様々なアプローチ方法をご紹介していきます。その他の成功例はこちら。
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