広告効果の「部分最適化」が起きていないか
――エスワンオーインタラクティブとサイカの両社は、業務提携を結んで2年以上になるそうですね。まず、サイカが提供する「マゼラン」について、どういったツールなのか紹介いただけますか?
平尾:マゼランとはひとことでいうと「統合マーケティングシミュレーター」で、デバイスを越えた施策間のつながり、および最適な予算配分がわかることが特徴です。天気や株価や競合の出稿といった施策外の要因も踏まえて、オンラインの施策とオフラインの施策を分析し、成果に対して何が寄与しているのかを分析します。
高瀬:もともとサイカは統計分析のコンサルティングやツール開発をされていたそうですが、マゼランのようなマーケティングツールを開発した動機をうかがえますか?
平尾:統計分析は企業の様々な部門で活かせるものですが、当社が統計分析ツールを提供し始めると、実は9割以上の顧客がマーケターだったんです。その理由を探ると、2つの課題があることがわかりました。
1つめは、広告の評価が統合されず、部分最適化していること。2つめは、外部コンサルティング会社にデータ分析を外注しても、そのレポートがマーケティングに落とし込めないことでした。社外パートナーは分析のプロであってもマーケティングのプロではありません。しかも自社のビジネスを知り尽くしているわけではないので、実務で“使える”レポートになっていない。だから、自社でデータ分析を行いたいというニーズがあるのだとわかりました。
高瀬:外部のデータサイエンティストによる分析は、分析それ自体としては正しく行われているけれど、打ち手につなげられないことが多い印象がある、ということですか?
平尾:まさに、そうですね。とはいえ、分析の専門的知識を必要とする既存の統計ツールでは使える人が限られてしまうので、マーケターが利用することを想定した統合的なデータ分析のツールが必要だと考え、開発に至りました。
現場に必要なのは、データサイエンティストなのか?
――マーケティングツールは導入したものの使いこなせない状態になりがちです。「マゼラン」は、企業に導入する際にどのようなステップを踏んでいるのでしょうか?
平尾:前述のような開発の背景があるので、打ち手につなげられるツールにならないと意味がない。そのために、ツール自体の質に加えて、体制づくりを非常に重視していますね。
マーケターがデータを扱うときに最も重要なのは、データから示唆を見出すことを習慣づけること、その担当者を決めることだと思います。なので導入後の数ヶ月は、対話を重ねながらハンズオンで使い方を体得していただいています。具体的にデータを分析し、この結果からはこのような示唆を得られ、課題解決を考えるとこういった施策がいいだろう、とレポートを作成するまでを併走します。
高瀬:導入先企業が対応すべきことをサイカのメンバーがロールプレイするような形ですね。データから示唆を見出す担当者は、肩書きをつけるとするとどんな感じなんでしょうか?
平尾:サイカでは、「データエクゼキューター」と呼んでいます。データサイエンティストが分析する人だとしたら、その分析技術や結果を実践に落とし込める人。
「マゼラン」はある意味、データサイエンティストをツール化したものともいえるので、まずどのような仮説をどのデータで検証するのかという前工程と、分析後の結果を解釈して意思決定するという後工程を司る人が、とても重要です。
データサイエンティストが足りないという主張はよく耳にしますが、本当に足りていないのはデータエグゼキューターではないか、と考えています。データサイエンティストの職能はある程度ツールで賄えるようになっていきますが、データエグゼキューターの役割は人にしかできないからです。
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マーケターの仕事はどう変わる?
高瀬:そういう人が、本当はマーケティングのチームにいるべきですよね。先日あるマーケターの方から「マーケターには“データに血が通っているか”を判断し、意味あるものにしていく役割がある」という話を聞いたのですが、まさに同じことだと思います。
データサイエンティストは、ファクトですべてを整理して分析結果を提示してくれますが、そもそも使うデータが意味あるものなのか、そして、マーケターが提示する仮説の精度が高いかどうかで、分析の価値がまるで変わってくる。
平尾:本当にそうですね。マーケターが主幹となる、仮説を作るという前工程と分析結果を解釈するという後工程は非常に高度なものなのです、だからこそ、分析自体は徹底的にラクにしようというのが当社の指針の1つです。
分析が大変だと、試行錯誤にリソースが割けず、回数がこなせない。その点、簡単に扱えてマーケティングに特化したツールを使えば、回数をこなせるので、前述の前工程と後工程も習得できるのです。
高瀬:そうすると、マーケターがトレーニングを積んでステップアップするためには、データサイエンティストの役割を目指すよりも、データエクゼキューターを指向するほうがチームの成果に結びつきやすいといえそうですね。平尾さんはデータを活かし切るためにどのようなチームが理想的だとお考えですか?
平尾:データ活用には、4つの役割が必要だと思っています。1つは、データ収集や分析準備。2つ目が、分析そのもの。3つ目が前述のデータエクゼキューターで、最後にこうした活動を支援して予算配分などのジャッジをする経営層。これらがそろっていると完璧だと思います。
そして、1つ目と2つ目はもう機械が担えるようになってきているので、マーケターはいよいよ3つ目の仮説立案やデータの解釈に専念できるだろうと思うんです。
高瀬:データが扱いやすくなった結果、先進的な企業は施策の部分も組織的にも、統合が進んでいたりしますよね。
平尾:まさに、そう思っています。会社によっては、部門を越えてマーケティングの4Pを横串で通せるような体制を整えていたり、プロモーションだけにしてもオンラインとオフラインを統合的に捉えてジャッジできるようにしていたりと、進んでいるケースも目立ちます。統合的に戦略を組もうというのは、間違いなく今後のトレンドの1つだと思いますね。
高瀬:個別最適から全体最適へという流れですね。
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数値にならないエモーショナルな部分をどう捉えるか
平尾:同時に、一部のデータ分析に長けたパートナー企業だけがデータを専門的に取り扱えて、企業との間に情報の非対称性があった時代も、崩れつつあると思いますね。企業がデータ活用の主導権を取り戻して、改めて統合的な視点で自社のマーケティングに臨めるような、そんな流れを感じます。高瀬さんは、最近のトレンドをどのようにご覧になっていますか?
高瀬:そうですね、私は平尾さんが指摘されたマーケターにとって本領発揮しやすい状況が整いつつあるというお話がすごく腑に落ちました。データ分析を機械に任せて、マーケターが改めて広告の本当の意味や意義を見つめ直すことに専念できる、そんな揺り戻しが来ている感じがしています。広告は本来、人にまだ知らない価値を気づかせたり、気持ちを揺り動かして行動を促したり、さらには絆を作る一歩/後押しになったりするものですよね。
平尾:そうですね。広告もそうですし、イベントやコンテンツなどの施策のすべてがそうだと思います。
高瀬:近年まで、デジタルが発展するなかで、人の動機やエモーショナルなところもある程度は数値で示せるようになったことで、人のことも0か1かというデジタルな数字で見るのが当たり前になってしまった側面があったことも否めないと思います。
デジタルに傾倒するあまり人と向き合えなくなっていたことに気づいて、データで可視化できる部分はつぶさに追求しながら、一方でクリエイティブなどデータでは割り切れないエモーショナルなところをどう捉えるか、それらをどうブリッジするかに真摯に向き合うことの重要性を感じています。
インフラが発達する分、パートナー企業の存在が重要に
平尾:興味深いご指摘ですね。当社も、できるだけ簡単に、かつ精度の高い分析結果を返せるツールを目指しながらも、むしろそのサイエンスを突き詰めるほど、マーケターにしかない「見出す力」の重要性が増していくと考えているんです。データは扱い方次第でとても豊かな示唆を与えてくれますが、そこに答えはないので、仮説を磨くことこそがデータ活用の本質だと思うのです。
高瀬:同感です。
平尾:いっとき、データ活用やデータサイエンティストの存在がクローズアップされたことで、それが万能のように捉えられて、仮説立案の重要性が薄れた風潮もあったのではないかと思っています。
でも、決してそうではない。あくまで主体はマーケターであり、マーケターが導き出す仮説や意志決定こそが大事です。データサイエンスは、マーケティングをもっとわくわくさせるものですし、我々のツールがそうした役割を担えればと思いますね。
高瀬:その点でも、マゼランによって「データエクゼキューター」がどんどん育っていくといいと思いますね。データ分析と活用のツールは、もはやツールというよりインフラに近くなっていくだろうと感じています。
平尾:そうですね。ただ、やはりツールもインフラも、整備しただけでは何も変わりません。トレーディングデスクとしてオンライン広告のインハウス運用を支援されている高瀬さんも同じだと思いますが、我々も支援先企業様の体制づくりやパートナー企業としてのサポートといったソフトの部分も引き続き注力していきたいです。
高瀬:同じですね! ツールやインフラが発展する分、内製するところと外注するところを見極めて切り分けること、そしてしっかりと併走してくれるパートナー企業と連携していくことが、これからの時代のマーケティングにますます必要になってくると思います。
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