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MarkeZine Day(マーケジンデイ)は、マーケティング専門メディア「MarkeZine」が主催するイベントです。 「マーケティングの今を網羅する」をコンセプトに、拡張・複雑化している広告・マーケティング領域の最新情報を効率的にキャッチできる場所として企画・運営しています。

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MarkeZine Day 2025 Retail

マーケティングを経営ごとに 識者のInsight

顧客体験価値を追求 ライオンが挑む、顧客起点のコミュニケーション

メンバーが立ち返れる指針が生まれた

――そうした準備期間を経て、2017年の組織発表に至ったわけですね。

 ええ。宣伝部をコミュニケーションデザイン部として再編し、同時に生活者の体験価値を追求するチームとしてCX(カスタマーエクスペリエンス)プランニング室を新設し、マス・デジタル・リアルと立体的な施策に取り組んでいます。

 コミュニケーションデザインという言葉には、私たちから顧客への一方的な発信だけでなく、顧客からのSNSの反応やコミュニティの運営なども含まれます。そういったありとあらゆるものを俯瞰して、「どうコミュニケーションをデザインすればブランドやライオン自体のファンになってもらえるか」という視点に常に立ち返れるようになっています。

――小和田さんは商品開発部と子会社の代表を経て宣伝部へ戻られたということですが、やはりものづくりに直接携わられた経験は、コミュニケーションを考える上で影響していますか?

 そうですね。特に、子会社で企画〜生産〜販売〜育成、経営の経験をしたのは大きかったです。当社はずっとマス・マーケティングを中心にしてきた消費財メーカーですから、全国津々浦々、老若男女に受け入れられる商品開発・宣伝をするのが基本です。もちろんそれは大事ですし、今もそれが主流ではあるわけですが、2006年に商品開発部に移ったころはビューティケア事業部ということもあり、生活者の嗜好も多種多様になっていたので、このままマス・マーケティングだけでいいのだろうか、という視点に立ちました。

 当社の製品カテゴリーで、パーソナルなニーズに応えた商品が、東急ハンズやロフトなどのバラエティショップで定価で販売されている。当社でもこういうビジネスも模索していくべきなのでは、と提案したところ「それほど言うならやってみなさい」と、子会社の設立を任されることになったのです。

新規ビジネスの提案から子会社の設立へ

――自主的な提案からそんな展開になるとは……。

 まったく想像していませんでした(笑)。もちろん提案するからには、ある程度ビジネスの仕組みまで考えて話をしましたが、まさか自分が会社を立ち上げる発想はなかったので、青ざめました。本当に、鍛えられましたね。

 でも、やるからには腹を括らなければと。上長とも、ライオンとは一線を画したビジネスにする、という点で合意していたので、会社の登記も両国とは離れた青山にして、社名にもライオンを冠さずに発足しました。

 「イシュア」という社名で、設立当時は20代女性向けのUVケアや歯に貼る美白ハミガキというユニークな商品を企画開発し、何から何まで自分たちでスタートしました。宣伝するにもマス広告を打てる予算はない。もちろん認知もない。なので店頭で手に取ってもらえるようにパッケージにこだわったり、当時はまだめずらしかった口コミやSNSの手法を試したりもしました。ある意味、ライオンの冠がないから冒険もできたと思います。

 ここでは本当にターゲットのことを学びました。似たような商品であっても売り上げが大きく違う。商品の機能、コピー、パッケージの色、香り、テクスチャーなど一つひとつがきちんとターゲットに刺さるものなのか。この経験は非常に貴重でした。なのでイシュアから2015年に宣伝部に戻ってきたときに、大量にテレビCMを出稿するだけでなく、立体的なコミュニケーションをもっと考えたいと思ったんです。

 そう思う背景には、情報価値が変わったことも大きいです。今は情報過多の時代で、相対的に一つの情報の価値が小さくなっています。以前は聞いてもらえた商品の情報も聞いてもらいにくくなっています。加えて以前と比べると機能の差も伝えにくくなっています。ソーシャルでは使った人からの本音のコメントも見られるようになっています。

 また当初は魅力的だったリターゲティングといった手法も、延々と追いかけられるようになると迷惑にもなってしまうことがあるように情報環境が変化しています。これまでの一方的に情報を聞いてほしいという企業の考えと生活者側の感覚に齟齬が生まれているのではと思い、今のようなコミュニケーションの考え方と手法にシフトしました。

機能ではなく価値を伝えたクリニカ「曲がる安全ハンドルのハブラシ」

――では、そうしたお考えの下に実施した施策をうかがえますか?

 組織再編を発表する前の事例ですが、考え方は徐々にシフトしていたので、2017年初頭に発売した「クリニカKid’sハブラシ」がその好例になると思います。「クリニカ」というオーラルケアのブランドチームでは、子どもが歯ブラシをくわえたまま転ぶと事故につながる、その危険性を減らせないかという課題について模索して、持ち手とヘッドの間が柔らかく曲がるハブラシを開発しました。どこにもない画期的な製品です。

 以前なら、そのユニークな機能を前面に出した宣伝を展開していたと思います。でもそこでブランドマネジャーと当部の担当は、「顧客にとっての商品価値って何だ?」ということに焦点をあて、何度も話し合いや観察を繰り返しました。そこから浮き彫りになったことは、お母さんたちにとっての歯みがきは、子どもにむし歯ができたら私のせいだ、という強迫観念のような気持ちから、しっかりみがこうとするものの、子どもは歯みがきを嫌がり、最後はいつも泣き叫ぶのを無理やりみがいて終わらせる、というつらい時間になっていたんです。その結果、このハブラシが解決することは、歯みがきタイムを親子のいい時間にする、ということだと仮説付けしました。

 そこで、普段とは逆に子どもにお母さんの歯をみがいてもらうということをしてみました。そうしたらどのお母さんもびっくりするくらい、上手にみがいてくれたんです。子ども達も本当に楽しそうに、一生懸命いつも自分がやってもらっている順番でしっかりお母さんの歯をみがいてくれました。結果、今までは無理やりやっていたけれど、歯みがきは大事な親子の時間だったんだという実感につながりました。その一連をWebムービーにしたところ、予想以上の反響がありました。Instagramでは自分の家もこうやったよ、という投稿がたくさんきました。第2弾は今度はお父さんがお子さんの歯みがきにチャレンジするというムービーを作成し、こちらも大変な反響を頂戴しました。

 製品の機能を一切言わないコミュニケーションには不安もありましたが、売り上げにつながった手応えもありました。顧客にとっての体験価値を提供することで販売につなげられるんだ、という私たちの知見にもなりました。

――これまでと違う方法でコミュニケーションを進めるにあたって、どういった点が難しかったですか?

 まずは、社内の理解を得るのが一つのハードルになりました。今回はクリニカのブランドマネジャーが、むしろこうした体験価値を伝える手法に積極的だったのですが、やはり開発メンバーは「もっと機能を訴求してほしい」と言いたくなります。もちろん機能訴求が効く商品もあるのは事実ですし、その見極めが難しいですが、今回はこのブランドが果たす役割を熟考した上での施策だったので、開発メンバーにも理解してもらいました。また結果を共有することで、次にもつなげられると思っています。

 絶対的な正解は、ないですよね。思わぬところから競合相手が現れたり、ミレニアル世代のような新しい感覚を持った人たちが出てきたりもしています。だからこそ、何を目的とするのか、そして顧客をよく知った上で誰に向けて訴えるのかを明確にすることが、どんなときも大事なのだろうと思います。

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「Lidea」起点の施策で防虫剤の売り場に活況

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この記事の著者

高島 知子(タカシマ トモコ)

 フリー編集者・ライター。主にビジネス系で活動(仕事をWEBにまとめています、詳細はこちらから)。関心領域は企業のコミュニケーション活動、個人の働き方など。

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

安成 蓉子(編集部)(ヤスナリ ヨウコ)

MarkeZine編集部 編集長
1985年山口県生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。専門商社で営業を経験し、2012年株式会社翔泳社に入社。マーケティング専門メディア『MarkeZine』の編集・企画・運営に携わる。2016年、雑誌『MarkeZine』を創刊し、サブスクリプション事業を開始。編集業務と並行して、デジタル時代に適した出版社・ウェブメディアの新ビジネスモデル構築に取り組んでいる。2019年4月、編集長就任。プライベートでは2児の母。

★編集...

※プロフィールは、執筆時点、または直近の記事の寄稿時点での内容です

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MarkeZine(マーケジン)
2018/07/25 13:00 https://markezine.jp/article/detail/28852

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