役員へ企画を通すための「議論」と「パッション」
西口:前編では、クリエイティブのチームとの信頼の築き方、田中さんの“右脳で発想し左脳で検証する”発想術などを掘り下げてうかがいました。その続きで、ジャンプがあるアイデアほど、役員会議に通すのが難しいと思うのですが、そもそもダイオウイカ天やマグマあんかけうどんの役員の承認はどうなっているんですか?
田中:ダイオウイカのときは、実はダマテンでした。河村(現・吉野家ホールディングスの河村泰貴社長)自身がすごく乗って、これはダマテンで行けと(笑)。でも2年目はそうはいかないので、役員会議にかけたんです。で、3回却下されました。
西口:そこですよね、クリエイティブって論理で説明がつかないじゃないですか。でも、概して役員クラスの方々は頭が柔らかくはないというか、現場から離れているというか……。
田中:極めて左脳的ですよね。でも、だからといって「決裁だけしてください」と突き付けるのはよくない。2つ、ポイントがあると思います。
ひとつは、議論で合意する部分と、パッションを伝える部分を分けること。クリエイティブの中身はさておいて、「集客につながる企画がいいですよね」といえば、それはわかってくれる。企画の構造を紐解いて、合意を重ねていくんです。もちろん、事前の根回しというか、今回のキーマンはこの人だと思ったら先に話しておいたりもします。その上で、パッションで押す。これは先にお話しした、普段からの信頼残高がカギです。
もうひとつは、その議論のところを、起承転結できれいに説明しようとしないことです。賢い人ほど小説のように語ったりしがちですが、経営陣は大体、結論が知りたい。これを実行することでどんないいことがあるか、相手が知りたい順番で説明することが大事です。
CEOの判断材料をCMOがすべてそろえる
西口:その通りですね。そして、マグマあんかけうどんは4回目で……?
田中:通しました(笑)。さすがに3回目でもう無理かと思いましたが、夜中だったか明け方だったか「やっぱりやろう」とむくっと起き上がり、緊急役員会議を連絡して。最後はもう、役員の根負けですよ。でもそれを引き出したのは、やはり信頼なんだろうと思います。
西口:前編の、はなまるに関わることになった発端からずっと河村社長と二人三脚で歩んでこられ、信頼残高を積み上げてきたというお話は印象的でした。
田中:僕はこれまで彼の要望に「できない」と言ったことはないし、絶対言わないと決めているんです。それは彼が吉野家グループのことを本当に愛していて、飲食業を再定義したいと心底思っているから。きっと大きなことを成し遂げる人だと思うからなんですね。
ほとんど知られていないことですが、経済産業省の統計において、飲食業は産業扱いになっていないんです。サービス業である第3次産業に、小売業とか金融業はもちろんあるのに、飲食は生活娯楽関連サービスの中の食堂やレストランとして分類されている。もっと認められる業界にして、優秀な人材が集まるようにしたいというのが彼の考えであり、ロマンです。
西口:田中さんは、CMOとCEOとの違いをどう考えていますか?
田中:最終的な経営判断をするかどうか、だけだと思います。新商品にしても販促企画にしても、僕は社長が実行を決定するためのすべての情報をそろえるようにしています。逆に河村からは、商品開発、出店戦略、人事……すべてに首を突っ込めといわれています。数年前は宣伝部長だったんですが、それだと組織横断に動けないので、CMOになったという経緯があるんです。