属人的なスキルをテクノロジーで埋めていく
西口:手段と目的をはき違えないことは大事ですね。
田中:今、国内吉野家だけで1,200店舗、海外を含めてグループ全体だと3,200店舗弱になるのですが、この規模だといくらマニュアルがあっても経験値に左右され、ばらつきが大きくなります。
そこをテクノロジーやデータで埋めてサービスの質を高め、負担を減らしていく。この秋に惜しくも閉店するのですが、築地一号店の店長は河岸の職人さん2,000人のメニューを全部覚えているんですね。皆さん1日3回来る常連のプライドがあるから、オーダーしない。わかるだろって(笑)。
西口:つゆだくとか、ねぎだくとか? 2,000人分?
田中:ええ。つめしろ、っていうのもあるんですよ、冷やごはん。その人の来る時間の前に冷ましておくんです。でもそんな超人的な対応はその店長しかできませんから、データでなんらか、汎用化できないかなと考えているんです。
西口:なるほど。先ほどの長期経営ビジョンを含めて、本部が徹底して現場の視点に立っていることを伝えるために、工夫されていることはありますか?
田中:これもやっぱり、右脳から入ることですね。だから、映像を作ります。僕の造語で「ビジョンクリエイティブ」といっているんですが、映像は右脳で受け止める。対して言葉は左脳で受け止めるので、腹落ちしないんです。「お客様視点で!」といくらお題目を唱えても、全然機能していないといったことはよくありますよね。
特に日本語はあいまいで、解釈が人によって違ってくることもある。だから、僕らがどういう未来を目指しているのか、働く人とお客様がどんな関係を築けて、どんなふうに笑顔になるのかをカラーの映像で見せる。
逆に本部が映像にできないなら、それは具体化できていないということです。吉野家の現場が一体になったときのパワーは、本当にすごい。だから全員が納得し、行動に落とし込めるようにするために、これは必要なプロセスだと思っています。
目の前の仕事を「社会課題化」しよう

西口:大変、興味深いです。田中さんのお話はすべて、右脳と左脳を行き来すること、そして信頼を得ることが徹底している。そして冒頭でいわれた「難しいことをやさしく」という本質に完全にのっとっていると思いました。
田中:そうだったら、いいですね。AIが相当なレベルで進んでいる今、ある程度のクリエイティブならできてしまうそうです。機械学習をさせれば、少々突拍子もない案も出せる。そのとき人間が唯一できることは、関連を説明できない複数の事象を串刺しにしてビジョンを作ることだと思います。テクノロジーが発達しているからこそ、本質は何かを見極め、それを起点にすべてを設計することが大事ですね。アイデアの実現にしても、組織づくりにしても。
西口:最後に、若い人へのアドバイスをいただけますか? 経験の浅いうちはどうしても部分的な仕事が多くなりますが、いつか田中さんのように広い視野をもって采配を振るようになるためには?
田中:目指すマーケター像や内なるパッションと、日々やるべき業務には、乖離があって当たり前ですよね。その乖離にくじけそうになるのもわかりますが、僕は「目の前の仕事を社会課題化してみよう」と話しています。そうすると、目線ががらりと変わります。
人間、やらされている作業では成長しませんが、同じ作業でも自分がやりたいというモチベーションになれば絶対成長します。この仕事は社会にどんな価値を生むのか、誰の笑顔につながるのかと考えていくと、姿勢が変わります。これって、よくいわれる「社長の目線になりなさい」というのと同じなんですが、それだけだと具体的な行動がよくわからないですよね。
西口:確かに! 断然、田中さんの話のほうがわかりやすい。
田中:そういう目線でコツコツ取り組んでいると、周囲や上の人も気づきますし、おのずと信頼残高が積み上がっていきます。それが自分の財産になりますから、ぜひ、がんばってほしいと思います。