“可視化できる”というネットビジネスの罠
倉橋:ただ、ネット上のビジネスだと特に、ユーザーのことを考えているつもりでも途中から数字のハックみたいになりがちです。見えてしまうがゆえに。
青木:わかります。数字でいろいろなことが可視化できるのはもちろん利点もありますが、数字を拠り所に突き詰められるだけに、なんでも因数分解できるような気になってしまうんですよね。人間を構成する化学物質が全部わかって、それを容器に放り込んでがちゃがちゃやったら人間ができるわけじゃないのに、なぜかそんな前提ができている。
倉橋:顧客体験も、因数分解できる前提で考えている、ということですか?
青木:そう、それは要素aとbとcとで成り立っているから、それぞれ上げれば総和も上がるはずだ! みたいな感じですかね。たとえばECの世界だと、よく「初回来訪から40日以内に初回購入した人は、リピーターになる確率が高い」といった分析がなされます。すると、今40日以内に購入している人が全体の30%いるから、これを60%に上げればリピーターが倍になるはずだと、40日以内に一生懸命クーポンを出すとかのアプローチをする。でも、あくまで自然な状態で30%という数字が出ているわけで、半ば強引に買わせても、リピーターになるとは限りません。むしろ、買わせようという意図が見え見えで、イヤですよね。
理想の顧客体験とは、損得を忘れられること
倉橋:確かに。でもまさに、そういうことを一生懸命やって「成果が上がらない」と行き詰まるケースも多いと思います。
青木:40日以内でこうなんだ、という状態をわかっておくこと自体は、大事だと思うんですけどね。相手の体調をみながら料理する、みたいなことだから。でも「わかった上でいったん忘れる」くらいがいいサービスを作るためには重要なのかも、と思うんです。
倉橋:特にBtoCで自分が客の場合を考えても、「合理的な選択をしよう」とあまり思っていないですからね。青木さんは「北欧、暮らしの道具店」でどのような顧客体験が理想だと考えていますか?
青木:いちばんの理想は、いいとか悪いとか、損か得かを忘れさせるサービスであることだと思っています。それが最高。どういうことかというと……、僕の好きなマンガの『僕の姉ちゃん』(益田ミリ著)の中に、とてもいいシーンがあって。姉と弟のなんでもない日常が描かれている作品なんですが、ある日、姉が弟に「自分の彼女にどういうプレゼントをしているか」と聞くんです。弟が「コートとか」と答えると、姉が「それって冷蔵庫買ってるのと一緒だよ、得したから喜んでるんだよ」という。じゃあ、姉がこれまでいちばん嬉しかったプレゼントは何かというと、好きな男の子からもらった第二ボタンだというんです。そのときの捨て台詞がよくて、「女は好きな男から得しようなんて思わない」って。
倉橋:おお、なかなか本質的ですね。
青木:そうなんです。これね、お店とお客様との関係でもそうで、本当にお客様から愛されるということが実現したら、お客様は「お店から得してやろう」とは考えないのではないか、と思うんです。