しまむらがデジタルに出遅れた理由
「顧客時間」を捉えることの重要性を、実際の企業を例に考えてみましょう。取り上げるのは、衣料品チェーンのしまむらです。同社は2018年7月にZOZOTOWNへの出店でデジタルにようやく参入し、自社サイトにおけるオンラインショッピングの提供開始も予定していますが、現時点で実現はしていません(2018年11月21日時点)。
私は、しまむらがデジタルへのチャネルシフトで苦戦しているのは、店舗にばかり投資してきたことが原因と見ています。失礼を承知で言いますが、もしかするとこれまでは店舗のことばかりを注視し、顧客を見ることができていなかったのではないでしょうか。
店舗への投資は、小回りが利く類のものではありません。たとえば、銀座に店を出すとしたら、銀座にいる人にしか販売できません。仮にうまくいかず、別の場所に移転しようとしても簡単にはできませんよね。この経営リスクを縮小させるため、しまむらは立地政策として小商圏をターゲットにし、できるだけ低コストで出店できる郊外を選んでいました。
小商圏に住む20~50代の主婦層、そしてその家族にとっての旗艦店舗となる「ファッションセンターしまむら」は、低価格でありながらも最新のファッショントレンドを押さえた商品を取りそろえ、女子高生から年配の主婦に至るまで「しまラー」と呼ばれる熱狂的なファンからの支持を集めることに成功しました。
しかし、アパレル業界でオンラインショッピング化が普及し、わざわざ店舗に行く必要がなくなった今、その強みが商圏内に閉じていることで苦境に立たされています。実際に、しまむらが公表している過去5年の業績推移を見ても、しまむら個別での店舗数・売り場面積はともに増加していますが、売上高や利益は右肩下がりです。
「店舗」とのエンゲージメントという罠
実は、ネットショッピングの時代だからこそ「場(Place)」の重要性は以前よりも高まっています。それにもかかわらず、「場」に強みを持っていたしまむらが苦戦している根本的な原因。それは、顧客との間に築くべきエンゲージメントが店舗とのエンゲージメントになってしまったためです。
しまむらの店舗は、入るのに最初は抵抗があるけれど、いざ入ってみると意外にいい商品がそろっていると思ったことはありませんか? 顧客は気に入ったものを買うことができ、満足して家に帰ります。では、友人に積極的に勧めたいかと聞かれると、どうでしょうか。顧客とのエンゲージメントが構築されていれば、友人にも勧めたいと思うはずです。つまり、しまむらはマーケットインで商品を提供してきたかのように見えて、実は店舗ありきで戦略を立てていた(プロダクトアウト)と言えるのです。
気づくと、ユニクロやGUのようなファストファッションの猛追もあり、低価格でそれなりにトレンド感のある商品を買える場所はしまむらだけではなくなりました。加えて、ファストファッションのブランドは、次々と顧客視点で商品の訴求方法を考えるマーケットインに舵を切っています。一例を挙げるとするならば、GUは購入時(オンライン/オフライン問わず)に付与される「GUポイント」をクーポンにできるサービスをアプリで提供しています。
今のようにオンラインとオフラインで顧客接点が複雑化した時代においては、勝利の方程式が変化したことを認識し、対応を急がなければなりません。私は、独自のチャネルで顧客とのエンゲージメントを築き、それを武器にマーケティング要素そのものを変えていく取り組みを「Engagement 4P」と呼んでいます。

出典:『世界最先端のマーケティング』奥谷孝司・岩井琢磨著、日経BP社、2018年2月
フィリップ・コトラーが提唱した4Pは、良い商品(Product)を適正な価格(Price)で上手に販促(Promotion)できれば売り上げが立つとされ、「場(Place)」がそこまで重要視されていませんでした。それが現在では、これまでおろそかになりがちだった「場(Place)」も考えた設計が求められ、他の3つのPをそろえるだけでは市場で勝てない時代になってきました。
