モバイル経済のプロセスを明確に
今回紹介するのは、モバイル・マーケティングに特化した1冊『Tapスマホで買ってしまう9つの理由』。著者のアニンディヤ・ゴーシュ氏は、ニューヨーク大学の教授であり、ネットやデジタルメディアを企業が活用する方法について、調査や研究を続けてきた人物。同書を執筆した目的を、「モバイル経済のプロセスを明確にすること」だと述べており、調査結果や事例を数多く紹介しています。
消費者はすべてのデータをしまっておきたいわけではない
同書の冒頭で論じられているのは「データ」について。モバイル・マーケティングの優れている点は、端末に打ち込まれたデータに基づいて、個人の嗜好に合った広告を配信できることです。だからこそ著者は、「未来はデータからはじまる」と、その重要性を強調しています。
しかし、顧客から「嫌悪感を抱かれることなく、必要な情報を得る」のは簡単なことではありません。何をどこまで収集するべきなのか、頭を悩ませているマーケターも多いのではないでしょうか。
これについて著者は「消費者は、個人情報を勝手に引き出されることを心配するが、すべてのデータをしまっておきたいわけではない」と指摘。ある調査では、「何らかの見返りが得られるのなら情報を進んで提供する」と答える消費者は、35歳以上では40%、ミレニアル世代では約51%いることが明らかになりました。これは、マーケターにとって追い風です。
データ収集にあたって大切なのは、企業と顧客が「ギブアンドテイク」の関係を築くこと。具体的には、顧客の利益となるようにデータを活用することと、不正利用の防止を両立することが重要です。著者は、「その情報から価値を生み出せるまで顧客に多くを求めすぎない」ことが必要だと述べています。
どの時間帯にモノを買いたくなるのか
では、消費者が進んでデータを提供したくなるような広告を打つためには、どんな方法があるのでしょうか。著者は、モバイル・マーケティングで活用すべき9つの要素を紹介しています。
それは、状況(コンテクスト)、場所、時間、顕著性、混雑度、天気、行動履歴、社会的関係、そしてテック・ミックス。これらを掛け合わせることで、「適切なときに、適切な場所で、適切なメッセージを」届けることができるといいます。
たとえば「時間」。スマートフォンの登場により、マーケターは消費者とコミュニケーションをとる時刻と曜日を、自由に操れるようになりました。
そこで浮かぶのは、「人はどの時間帯にモノを買いたくなるのか」という疑問です。著者は実験として、実用的で機能性に優れた商品の広告と、快楽的でエンターテインメント性の高い商品の広告を、それぞれ時間を区切って配信しました。その結果、下記のような傾向が見えたといいます。
実用的な商品のモバイル広告に対するレスポンス率は午前中がもっとも高く、昼は緩やかで、午後になるとまた上昇し、夜は低かった。対照的に、快楽的な商品の広告は、午前中は低く、昼と午後にもっとも高く、夜は穏やかだった。
追加の実験では、さらにおもしろいことが明らかに。同じ商品であっても、広告のクリエイティブを実用的/快楽的なものに時間に応じて変化させることで、購買を促進できたのです。 工夫の余地が格段に大きくなった点が、モバイル・マーケティングの利点であり、難しい点でもあるのだと考えさせられます。
同書ではこのように、直観や経験に基づく予想ではなく、調査による裏付けを基にした解説がなされています。スマートフォン時代のマーケティングの全体像をつかむ教科書として、手に取ってみてはいかがでしょうか。