企業やブランドに求められているもの
昨今、消費者が企業やブランドに求める役割が変化しつつあるように思います。企業のあり方を示す、「ミッション」「ビジョン」「バリュー」は知られていますが、そこに新たに「パーパス」が加わった「パーパス・ブランディング」が注目され始めています。
従来のブランディングは、消費者のイメージを管理することを主に扱っていたのに対し、パーパス・ブランディングは「世の中に存在意義を提示し、その思想に共感してくれる人たちが自分ごと化したストーリーを生み出しやすくなる仕組みをデザインすること」であると定義しています(出典:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー 2019年 4月号)。
また、グローバルで64%が、日本では53%の消費者が「企業に変化をリードすることを期待」していると報告されており、企業が強力な消費者とのつながりを築くためには、目的主導型のブランディングが求められていると言えます(参考リンク)。
今回のインタビューテーマである「ダイバーシティ」は企業にリードが期待される変化の大きなひとつです。ダイバーシティに関わる表現について、記事内でとりあげた事例と照らし合わせ、いくつかのポイントから考察したいと思います。
不可視のダイバーシティへリーチする
可視化できるダイバーシティは、性別・人種など外見で識別できる属性です。それに対して、不可視なダイバーシティは、価値・態度・嗜好といった内面上の属性で、外部からは識別しにくいものです。わかりやすく可視化できるダイバーシティで安易なターゲティングをし、不可視のダイバーシティを無視した表現を行った場合、反発を招くケースが多くなっています。

Basic Concepts, Historical Transitions and Significance of Diversity and Inclusion」中村豊
インタビューでも紹介されたハイネケンの動画は、不可視のダイバーシティをうまく取り扱った事例です。環境やジェンダーに関して相反する思想・信念を持った登場人物たちは、私たちの不可視な一部を表現してくれています。だからこそ消費者は自分ごととして違和感なくストーリーに入り込め、共感することができたのではないでしょうか。
可視化できるダイバーシティのみを軸にターゲティングを行った場合には、固定観念を助長する傾向があります。ある調査では、特にデジタル広告においてジェンダーバイアス(性別による先入観)が増加する大きな要因として、サードパーティのデータを活用したパーソナライゼーションが挙げられています(参考記事)。
アドテックが成長している現在、より深いレベルで消費者のインサイトを理解していないと、かえって不可視のダイバーシティへの共感を求める消費者が離反してしまうことにもなりかねません。
ビリーフ・ドリブンな購買者
「ビリーフ・ドリブン」というキーワードが山田氏から紹介されました。消費者個人の価値観や信念を反映した企業から商品やサービスを購入している「ビリーフ・ドリブン」な購買者は確実に増えています。
日本では特に「ジェンダー」に関わる表現については大きな社会課題です。人口の割合に占める外国人の割合はいまだ2%であり(2018年6月時点)、ダイバーシティに関する広告表現では「男性、女性」についての議論がメインであるのが実態です。
「女性らしさ」については日本でも多く話題にあがりますが、今回はGilletteやHarry’s、AXEなどの事例から、グローバルでは企業がリードするかたちで「男性らしさ」についても議論がされている様子をみることができました。実際に15〜19歳の60%、および20〜35歳のミレニアル世代の58%が、「ジェンダーについての考え方を変えることで、より多くの人々が自分らしくいられる」と回答し、特にジェネレーションZでは団塊の世代よりも非伝統的な性別による役割をより受け入れやすい傾向があることがわかっています(参考記事)。
共通の固定概念があってはじめて一様に表現することのできるブランドや商品への「憧れ」は、近年ある種の「押しつけ」のように受け取られはじめています。「消費者のイメージを管理する」従来のブランディングは見直しを迫られていることがうかがえます。
ファクト、そして社内外への取り組みが共感を呼ぶ
多くの情報に接している現代の消費者は、本質を見抜く力を養っているように思います。企業がその目的に真に注力している場合にのみ、表現への信憑性を抱きビリーフを感じられる。マクドナルドの国際女性デーのキャンペーンの事例は、女性の管理職登用率が60%であるという企業内のファクトが共感のカギだったと考えます。
世の流れから「ダイバーシティ」を上辺だけで表現した場合、共感には至らず、逆に問題視された広告は多く存在します。特に日本は、最新のジェンダー・ギャップ指数において、149ヶ国中110位と世界的に見ても男女格差が非常に大きい状況があります。その背景を反映するように、女性に関する表現で問題となったケースも多い印象があります。こうした現状からは、企業内の女性の地位や多様な人材の意見の吸い上げが難しい実情を感じざるを得ません。
消費者は、企業の行動が言葉よりも力強く雄弁であるべきだと感じているのではないでしょうか。徹底的な透明性が重視される時代において、マーケティングはインターナル・エクスターナルでの取り組みが同時になされてはじめて、成果につながるように思います。
私たちはますます多様化し、様々な信念や好み、理想を持っています。それほど昔ではない過去の成功体験やそこに基づく知識に頼っていては、新しいブランドストーリーをサポートすることはできません。時代は企業やブランドに、新しく多様な価値を創造してくれる力強いスタンスを求めているはずです。
筆:白石愛美