インターネットが生み出した、若者たちの新たな「しきたり」
2007年に「KY」という言葉が流行った。Y世代の女子高生が生み出した「空気を読めない」という意味の略語だ。山本七平著『「空気」の研究』(文藝春秋)によると、「空気の正体は、場に暗黙的に存在する、ある種の前提」であり、この流行語からは「その場にある、暗黙の前提を大切にすべき」という当時の若者の価値観が読み取れる。
過度な連帯意識が生み出す「村社会」、その基礎をなす「しきたり」は、世界でも類をみない同質国家である日本特有の文化(注1)と言える。原田曜平氏は、著書『近頃の若者はなぜダメなのか 携帯世代と「新村社会」』(光文社)の中で、インターネットやケータイが生み出した新たな社会構造を「新村社会」という言葉で表現した。
ケータイの普及をきっかけに、携帯メールやSNSやプロフを媒介に、若者が義務性と継続性のある巨大ネットワークを構築し、その結果、若者たちがお互いの顔色をうかがい、「読空術」により協調性を保たなければいけないという、かつて日本にあった村社会のような状況が復活したのです。(中略)私は、この新しい村社会を「新村社会」と名付けました。(同書93ページより引用)
ちなみに、この本で言う「若者」とは「現在(2010年当時)の10代半ば〜20代後半」くらいまでの人たちのことを指します。(中略)この年齢からケータイを持ち始めることで、若者の人間関係は大きく変化しました。(同書25ページより引用)
原田氏の著書は今から9年前のものであり、調査した「若者」は「Y世代」とぴたり符号する。同書が掲げた「新村社会」は、当時の「Y世代の人間関係におけるしきたり」と言ってよいだろう。
Y世代のしきたり
(1)愛想笑いを絶やしてはいけない
(2)弱っている仲間を励まさなくてはいけない
(3)一体感を演出しなくてはいけない
(4)会話を途切らせてはいけない
(5)共通話題をつくりださないといけない
(6)「正しいこと」より「空気」に従わなくてはいけない
(7)コンプレックスを隠さなければいけない
(8)「だよね会話」をしなくてはいけない
(9)恋人と別れてはいけない
この「しきたり」から読み取れるのは、ケータイでつながる「新村社会」に存在する強い同調圧力だ。片時も手放せなくなったケータイが「人間関係をつなぐツール」となり、世代の価値観を形成する基盤となったと推測される。

Z世代はどんな「しきたり」を持っているのか
では、この10年ほどで、若者の「しきたり」はどう変化したのだろうか。今のZ世代は、どんな「しきたり」をもっているのだろう。
「Z世代のしきたり」を明らかにするために、学習院大学の学生を対象として、2019年5月に講義内にてアンケート調査(注2)を実施した。調査の主旨は「ソーシャルキャピタルの光と陰」をテーマにした講義において、「村社会」と「新村社会」の特性を明らかにすることである。対象は大学3、4年生で有効回答数は350件。その結果から「Z世代のしきたり」を探ってみたい。
質問項目は、2016年から2019年の講義で学生たちから回答してもらった「Z世代の新ルール」を集約したものが40問。それに前述した「Y世代のしきたり」(表現をマイルドにした)9問を加えて計49問とした。この49問のうち「人間関係」に関する質問に限定して、際立って共感者が多かった9項目をあげてみよう。なお、この記事内では、回答全体に対する「そう思う」「ややそう思う」の比率を「共感度」と呼ぶことにする。
Z世代のしきたり※人間関係に限定した上位項目(共感度80%以上)
(1)多様性には寛容であるべきだ(95%)
(2)他人から好かれ、仲間として歓迎されることは大切だ(96%)
(3)無理強いやハラスメントはしない(93%)
(4)目上に気を使う(89%)
(5)弱っている仲間がいれば励ましたい(89%)
(6)あわせるのではなく、あう人といる(88%)
(7)異性との友情はなりたつ(82%)
(8)自分の行動が他人にどう思われているか気になる(83%)
(9)知っている人にだけ、プライベートを知ってもらいたい(80%)
これら9項目は、いずれも共感度(「そう思う」「ややそう思う」の比率)が80%以上、つまり5人中4人は共感する項目であり、Z世代の若者に浸透している考え方と言えるだろう。浮かび上がってくるのは、気のあう仲間とつるむが、同時に多様性を重んじ、他人に無理強いをしない、Z世代の価値観である。

なお、回答項目に加えた「Y世代のしきたり」のうち、共感度66%以上となったのは、(5)「弱っている仲間がいれば励ましたい」だけであり、他の8項目はZ世代にとって、さほど共感性が高くないことがわかった。時代はうつりかわっているようだ。