欲望の中にインサイトがある
廣澤:マーケターは、時代が持っている欲望を捉えながら、ブランドやビジネスに落としていくのが仕事です。ブランドを作っていくにあたり、変えてはいけない普遍的なこと、また、変わるべきことは、なんだと思われますか。

坂井:企業やブランドが持つミッションやストーリーなどは変えてはいけないもの。それに対して、パッケージやその色など、今の時代には合わないなと感じるものは、どんどん変化していけばいいと思います。
廣澤:変化していいものは今の時代性やトレンドを捉えて変えていくことが大事だと。その場合、お客様のインサイトに注目することが多いです。しかし、ビジネス上わかりやすいのか、お客様のお悩み解決に持っていきがちです。悩みだけが、インサイトではないと思うのですが、インサイトを読み解くには、どのような方法があるのでしょうか。
坂井:インサイトがわからない人には、「老夫婦の夫がハーレーダビットソンを欲しいと言いだしたとき、その人が欲しいのはバイクではありません。若さが欲しいんです」とお話しします。表面的な欲望は、「大きなバイクに乗りたい」でしょうが、乗りこなせる若さが残っている自分を表現したいインサイトがあるんです。
廣澤:人間の裏にある感情や考えを読んでいくんですね。
坂井:ヴェルナー・ゾンバルトの『恋愛と贅沢と資本主義』(講談社)では、「産業革命は宮廷に忍び込み、いい恋愛をしたい欲望から生まれた」と語られています。恋愛のために、下着やストッキングなどに凝りはじめ、その生産にともない工業化したという話です。はじめから産業の拡大を狙ったわけではないんですね。
極端な捉え方ですがおもしろいし、そこには人間の普遍的な感情があります。異性から好かれたい、親は子どもから尊敬されたいといった欲望は変わりません。
欲望を見つける方法
廣澤:欲望からインサイトを見つけるとうかがいましたが、坂井さん流の欲望の見つけ方はどんな方法なのでしょうか。
花王のような日用品メーカーの場合、正直、機能性でのコモディティ化が早いものも多いです。結果、ものがあふれ、新しい商品開発のために新たな欲望や課題を見つけていくわけですが、それが難しくなっていると感じます。
坂井:人の欲に気づくには、デパートへ出かけてみるといいですよ。デパートは、ほとんどの商品が女性向けでしょう。女性のほうが欲望に敏感と考えることができます。
欲望は、様々なところに眠っています。渋谷なんて街ごとが欲望ですから。広告などをひとつひとつ見ていって、欲望をメモしていったらおもしろいかもしれない。広告もすべて欲望の塊を表しています。

廣澤:「広告を見て、欲しいと思う人はどういった欲望を満たしたいのか?」を意識していくと、インサイトにも気づいていけそうです。
坂井:欲望には濃淡があります。人は、時計のように持ち歩いて他人の目に触れるものについては、とても関心を払います。一方で、自宅で使うベッドなどは人に見せることが少ない分、デザインの優先度は低いものです。
廣澤:確かに、たとえばスマートフォンと自宅で使うデスクトップやノートパソコンでは、デザイン性への関心が異なると感じます。つまり、デザインの違いは、欲の違いでもあるんですね。
「デパートへ出かけてみよう」とのお話がありましたが、坂井さんは若い頃からフィールドワーク的なことをされていたのですか。
坂井:僕は本能的に、見て考える人間なので、今でも24時間それが習慣的になっています。僕自身の欲望が多いから、海外にもしょっちゅう出かけています。何十年もずっと街を見ていると、変化が見えてきますよ。
たとえば最近パリへ行って、英会話スクールの看板が増えていたのは驚きました。数十年前は、フランス語は公用語に近かったのに、今はそうではないのでしょう。変化をなんとなく見るか、僕のように職業的な目線から捉えるかで全然意味が違ってきます。