所有欲のない今どきの生活者が「突然」購入する理由
次は、購買の瞬間、何が起きているのかを見ていこう。中川氏曰く「情報をプールすることで、意思決定が高速化される。まるで発火するかのように、突如購入される現象が観測されている」そうだ。
これまで主流だったAIDMAモデルでは「十分にリサーチし、関心が高まれば購買欲求が起こる」と考えられていた。現在は、商品を調べることもせず、プールしていた情報から0ステップで購入する生活者が増えているという。

自分にあった文脈で集まった、好きな情報がプールされていれば、購入の判断も早くなる。厳密に言うと、プールした情報だけでは満足できなくなり「自分も◯◯が欲しい、◯◯がしたい」と行動欲求が起こるようだ。この突然の心の発火を、中川氏は「Ignite(イグナイト、発火)」と表現する。
では、イグナイトした後、生活者はどのような行動を取るのか。
「商品がコモディティ化した今、人々はモノだけでは満足しません。モノを購入し、所有することではなく、他者に語れるような体験をより重視し、体験するためなら惜しみなく労力を注ぎます」(中川氏)
たとえば、ある女性がインスタ映えする人気ドリンクをSNSで見つけ、販売店舗に出向いて購入。その様子をSNSにアップする。彼女の目的は、店舗に行くことでもドリンクを購入することでもなく、「インスタ映えする写真を撮影し、他者に共有する」ことだ。
もはや、購買と体験は曖昧で不可分になっている。象徴的なのが、モノを所有しないサブスクリプションモデルの台頭だ。
「生活者にとっては、軽い気持ちで試せて心地よさが続くのであれば、所有できるかどうかはどうでもいいわけです。その商品やサービスを使って得られる充足感が大事なのです」(中川氏)
所有にとらわれず、自己充足するために積極的に行動する。このような現象を、中川氏は「eXpand(エキスパンド、拡張)」と表現。イベント参加、来店、購買、共有など、生活者が主体的に起こした行動はすべてエキスパンドに定義される。
生活者の「情報プール」にどう入り込むか
プール、イグナイト、エキスパンド、これらを後押しているのがSNSだ。
「僕はラーメンが大好きで、SNSで友達がラーメンの写真をアップしているのを見ると、負けじとラーメンが食べたくなって、実際に食べに行ってそれをまたSNSにアップすることも。こんな行動も、プール、イグナイト、エキスパンドに分類できますよね」(中川氏)
このような購買行動の変化を捉え、企業が意識するべき行動デザインモデルとして中川氏らが開発したのが「PIXループ」だ。

「プール(Pool)・イグナイト(Ignite)・エキスパンド(eXpand)」の文字を取って名付けられた「PIXループ」を理解するために、おさえるべきポイントは4つある。
1つは、生活者にとって、買い物はあくまで1プロセスにしか過ぎない点だ。「プール・イグナイト・エキスパンド」を繰り返す生活者の行動の中に、どのように購買を組み込めばいいのかを考えなければいけない。
2つ目は他者/社会とのつながりが重視される点。SNSが普及し、生活に根付いた今、自分のためだけの消費行動は存在せず、他者や社会とのつながりを前提に行われていると捉えられる。PIXループを円滑に進めるためには、他者/社会との相互影響やつながりを意識する必要がある。
3つ目は、PIXループを回していくには、企業はパーパスを重視するべきだという点。1度の購買だけでなく、継続的に選び続けてもらうために、生活者の自己実現と企業のパーパスのベクトルを一致させる必要がある。「この企業の、この商品を使い続ければ、理想の自分に近づける」と思ってもらえるかどうかが重要なのだ。

4つ目のポイントは、連鎖設計だ。ソーシャルなつながりが強い今、PIXループは他者に連鎖しやすくなっている。友人の情報を元に商品を買い、いいと思えばまた別の友人に薦めたことがある人は少なくないはずだ。この連鎖をどう広げていくのかを前提に考える必要がある。
「つまり、どのように生活者の情報プールに入り込んでいくか。プールの中に存在する情報にとどまらず、どれだけ生活者に近づき、イグナイトしてもらえるか。さらには、一過性のエキスパンドに終わらせず、次のループにつなげられるかを、企業として考え、施策に落とし込んでいかなければいけないということです」(中川氏)
