ABMの次の段階、ABXという新発想
本連載では、共同ピーアール株式会社 総合研究所(PR総研)副所長、テクノロジーリードの上瀧和子氏が、テクノロジーとインクルージョンの知見を柱に様々な企業を支援する中で捉えた“情報流通の変化がマーケティング・経営にもたらしつつある地殻変動”を解説。国内・海外の事例を交えながらお伝えします。
BtoB企業に有効な取り組みとして、2016年頃から日本でも注目されるようになったのが、ABM(アカウントベースドマーケティング)です。ABMとは「全社の顧客情報を統合し、マーケティングと営業の連携によって、定義されたターゲットアカウントからの売上最大化を目指す戦略的マーケティング」とされています。
ABMは文字通りターゲットアカウント(企業、得意先、取引先)にフォーカスします。マーケティングの後工程である営業の視点で再設計されたマーケティングであり、最初から営業部門とマーケティング部門の共同作業によって構築されます。コンシューマー商材に必要な「パーソナライゼーション」という一人ひとりにカスタマイズしたアプローチを、BtoBのIT企業に導入した点が画期的でした(参考:『究極のBtoBマーケティング ABM』庭山一郎著 日経BP社。2016年)。
しかしながら、ABMの実践に苦戦している企業が多いのも現状です。本稿ではその障壁を整理し、情報流通に注目することでABMの次の段階に進んでいく「ABX(アカウントベースドエクスペリエンス)」についてご紹介します。
商談受注・維持のためのレベニューモデル
BtoBビジネスにおける、マーケティングから営業および顧客維持に至る一般的な工程は以下のとおりです。
(1)市場から見込み客(リード)を獲得するマーケティング
(2)リードを商談化するインサイドセールス
(3)アウトバンドのインサイドセールス
(4)商談から受注するフィールドセールス
(5)受注した顧客を維持するカスタマーサクセスマネージャー
これに加え、マーケティングコミュニケーションにより見込み客を次のステージに進めて、利益を生み出すプロセスを図式化したのが、下記のレベニューモデルです。
「リードのリサイクルができているか?」がカギになる
このモデルの通りに事が進めばよいのですが、リード定義の粒度、部署間の分断、組織のマネジメントなどの課題が生じ、これらがABMの機能不全につながっています。
行き詰まりの多くが、顧客情報管理のCRM、SFA、MAなどのツールが有効活用されず、企業全体を最適化するDXが機能せずに利益創出につながっていないことによります。これには、社内のITリテラシーやスキルの不足、コンタクトセンターや業務自動化の意味と重要性の認識不足、システムインテグレーターやツールベンダー頼りで自社の自律性、決定力を持たないといった、日本全体の構造的なテクノロジー活用の課題も密接に関わっています。
アカウントベースのマーケティングにおいて重要になるのが、「リードをリサイクルする」という考え方です。たとえばインサイドセールスが会話をしたものの、営業が失注してしまった商談がある場合、それらを再度マーケティングの対象とするために迂回路を作り、リード育成のプロセスに戻します。また、商談化できても当面検討が進まない場合には一度リサイクルの箱に入れてプールする、当面検討を中止するリードにはメール配信を止める、といった施策が必要です。一方で、一度失注した企業から頻繁にWebサイトへのアクセスがあれば、すぐに営業がフォローします。
そして自社製品やサービスを購入する可能性がない学生、競合、退職者などのリードデータは、「マーケティング対象のリード」とは明確に切り分けます。「育成対象外」というステージに移行し、「デッドエンド」として終わりにするのです。