多くの企業が広告運用を代理店に依存
DXの重要性が叫ばれる中、個人情報やプライバシーの問題などテクノロジーの進化による新たな課題が生まれ、規制されるようになる。Appleによる「ITP(Intelligent Tracking Prevention)」のアップデートや、Google Chromeの対応により、3rd Party Cookieの利用が大きく制限されることになる。
3rd Party Cookieとは、ユーザーが訪問しているWebサイトとは異なるドメイン(ホスト)から発行されるCookieのこと。企業が別のサイトでのユーザー行動を、サイト内のコンテンツや広告を表示する際に活用している。
3rd Party Cookieの廃止は“デジタルマーケティング”にとって大きな規制となるのは間違いない。しかし同時に、DXを推進する企業にとってこれが大きな転換点となり、マーケティングの中に“デジタル”を取り込むチャンスでもある。
残念ながら、多くの企業にとって“デジタルマーケティング”はよく解らないものだった。そのため(自戒も込めて記載するが)、広告手法もサイト構築やクリエイティブも代理店などへの依存度が高くなり、優れたデジタル作品の創出を競うようになってしまった。
しかし、重要なのは最新のテクノロジーを活用した作品を作り、顧客や競合他社に感動・関心を与える事ではなく、自社のビジネスにデジタルを組み込む事だ。それには顧客と従業員が使い続けられる仕組みでなければならない。Adobe Summitを通して、多くの有識者が「Cookieless時代は生活者が選んだ正しい道」という見解を述べた。誰も不幸にしない・誰も取り残さないDX戦略を作る必要があるのだ。
「Cookieless」を理解するマーケターはわずか3割
広告代理店でデジタルマーケティングの支援をしていた筆者も、購買確率の高いユーザーに直接広告を表示することができるリターゲティング広告を、検索広告と並ぶ中心的手段として多く活用してきた。
一方で、消費者の立場としてCookieは必ずしも心地よいものでなく、利便性よりも不快な気持ちの方が勝っているのも事実だろう。また、「GDPR(EU一般データ保護規則)」や「CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)」など、消費者データを尊重した対応も重要となるため、広告やCRM、コールセンターに至るまで、規制や顧客感情に十分に配慮して顧客アプローチを行わなければならない。
AdobeのVice Presidentであるアミット・アフジャ氏のセッションで示された「Google Trends」の検索結果では「Cookieless」という言葉は徐々に増え、AppleやGoogleの方針発表によってスパイクが立つなど、マーケターの関心度の高さが伺えるものの「Cookieless」が何を意味するのか正しく理解できているマーケターはたった36%しかいないという。個人的な感覚だが、多くの日本のマーケターも同様だろう。
もしあなたが企業のマーケターで、この問題について「どこの会社も使えなくなるのだからしょうがない」「広告の話だから広告代理店が何とかしてくれる」「個人情報は厳重に管理しているので大丈夫」などといった甘い考えを持っているのであれば、すぐに捨て去って欲しい。Cookieless時代では、マーケターを中心に全ての部署の従業員が顧客データと向き合い、深い顧客理解をした上でデジタルを有効活用する必要があるのだ。
1st Party データをハブとした4つの戦略
Cookieless時代で最も重要となるのは、企業が顧客から直接許可を取って取得する「1st Party データ」だ。混乱を招かないように説明すると、会員番号やEメールアドレス、電話番号などの情報のほか、自社サイト上にてユーザーによる許可の上で取得する1st Party Cookieも含む。ドメインやブラウザをまたがない1st Party Cookieは顧客体験向上の目的で今後も使い続ける必要があり、大きな規制も入らない。
この1st Party データをハブとした戦略を採用し、従来よりも一貫性がある顧客体験の提供にシフトする必要がある。
1st Party データをハブとした戦略とは、以下のようになる。
1.オムニチャネル(全ての顧客接点)でデータを獲得する
2.リアルタイムパーソナライゼーションの優れた体験でデータを補強する
3.カスタマージャーニーを理解し、接点のマネジメントを行う
4.1st Party ドリブンの広告配信
この中でも特に重要なポイントが、2と4だ。3rd Party Cookieを活用し、サイト離脱後に広告で追いかける手法は終わりを告げる。自社サイトにいるうちに最適な情報やオファーを伝え、可能な限り1st Party Cookie以外の1st Party データをもらう体験作りをする必要があるのだ。
そして質の高い1st Partyデータを、他社と共有するセグメントマッチや電話番号、Eメールなどの適切な方法で配信・拡張配信するカスタムオーディエンスなどの手法を活用するべきである。
1st Party データの活用に欠かせない「顧客体験管理」
すでに小売および卸売薬局の世界的リーダーである「Walgreens(ウォルグリーン)」 は、1st Party データを「OTT(オーバーザトップメディアサービス)」や「CTV(コネクテッド テレビ)」への配信に活用し、大きな成果を出しているとのことだ。
体験作りを通じて顧客の解像度を上げ続けることで、データの質と量を増やしていく。これが真の顧客中心のビジネスであり、1st Party データをハブとした戦略である。この戦略を実行するには、リアルタイムで顧客の状態を把握し、データ活用の許可も随時更新していかなければならない。
顧客と接する全ての活動を戦略的に、多くの部署の従業員と連動して行っていくには「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」での管理が必須となるだろう。
Cookieless時代では、1st Party データの活用と管理が必須だが、それを実行していくのに欠かせない要素が「顧客体験管理(CXM)」である。この顧客体験管理における優れた事例を紐解きながら、解像度を上げていきたい。
「Sephora(セフォラ)」のCTOであるスリー・スリーダララジ氏のセッションでは、コロナ禍でのビジネスの柔軟な対応と、徹底した顧客体験の追求が語られた。
EC化率を57%まで伸長したSephoraのデジタルシフト
2,700以上の店舗とオンラインストアを35カ国に展開するSephoraは、「優れた店舗体験」「会員アプリを軸に提供するロイヤルティプログラムやコミュニティ」「SNSを有効活用したインフルエンサープログラム」などの幅広い接点で顧客との関係を構築しながら成長しているが、コロナ禍では90%の店舗が閉店を余儀なくされる事態となった。この危機を救ったのが、デジタルでの顧客とのつながりだという。
スリーダララジ氏が「最大のチャレンジだった」と述べるリモートワークへの即時対応を実施。75万回以上のウェビナーを通じ、3.5万人のスタッフにデジタルを活用して顧客と向き合う方法をレクチャーした。
同氏が「かつて“nice-to-have(あれば良いもの)”だったデジタルチャネルは、すでになくてはならないものになっている」と力説するように、アプリやSNSを軸にコミュニケーションを取ることで構築していた高いEC化率(2020年初期で34%)が、店舗閉店時の売上や再開後の売上を支え、2020年後期ではEC化率を57%まで伸長させた。
コロナ禍で顧客の行動がデジタル中心に移行したことを見れば、サイトのABテストをすばやく繰り返し実施するのは当たり前の取り組みなのだろう。
CXMを支えた「データ」「マインド」「スキル」「ツール」
Sephoraでは、買い物をする場としてオンラインのニーズが高まったことを受け、商品に素早くたどり着くナビゲーションのデザイン変更や、従来は店舗で対応してきた悩みを相談したいユーザーのオンライン対応を実施。従来から持つスカルプケアやドライスキンなど、顧客それぞれの悩みに区分けされたコミュニティへの誘導を強化し、商品を理解・納得できる購買体験を提供するなど、顧客データとデジタルを活用して戦略的にサイトを改善し続けた。
スリーダララジ氏はプレゼンテーションの最後に、次の6つのノウハウを発表した。
1.常に顧客を中心に考えたアプローチを、自社の強みを使って差別化できることで行う
2.シナジーが生まれるパートナーと組み、新しい強みを作って一緒に勝つ
3.マインドセット、スキルセットを変えたのちにツールを選定する
4.素早いテストと顧客理解を行い、迅速に拡大する
5.「短期的な目標」と「長期的な戦略」の両方を持つ
6.競合の視点で戦略を立てる
つまりSephoraは、ロイヤルティプログラムやコミュニティなど、企業の強みである顧客接点から得られる“データ”があり、それを活用する従業員の“マインド”や“スキル”を磨き、使いこなせる“ツール”を準備した。これによって、コロナ禍のような非常事態が起きても、その状況に合ったCXMを繰り返し実行することが出来たのである。