パーパスに立ち返り、あえて“売らない”マーケティングを展開
コロナ禍においてアスクルが直面したのが、感染予防商品の買い占めや転売という事態だった。流通業や小売業において需給バランスが著しく悪化し、平常時とは桁違いの需要が発生。商品を調達しても数分~数日で完売し、医療機関や介護施設といった施設に安定的に供給することが困難になっていた。
当時、アスクルのサイトにおける1日の検索数は3倍近くに跳ね上がっていた。3ヵ月ほどの間にひとつのIDで1,000回以上、感染予防用品を検索している顧客もいたという。
「商品が入ってないか、1日に何度も検索されていたのです。本当に困っていらっしゃるのだということを痛感しました。我々の存在意義は、常にお客様の目線で必要な商品を迅速に届けることです。それを踏まえた時、感染予防用品の有無が人命を左右するような医療機関・介護施設などが、必要な商品を優先して購入できる仕組みを構築すべきだと考えました」(宮澤氏)
そこで考案されたのが、“売らないマーケティング”のアイデアだった。文字通り、売る施設を選別して販売し、それ以外には売らないというものだ。本当に必要としている顧客に商品を届けるための施策だった。

デザイン思考とテクノロジーが、施策の実行を支えた
自社のパーパスに基づき“売らないマーケティング”を考案したものの、商品を購入できる施設(事業者)を区別することについては、社内でも議論となった。さらに、商品を購入できる施設を特定する基準づくり、施設ごとの最大購入可能数の決定、人命に携わる業種に幅広く届けるための仕組みの構築など、超えるべき課題も多数あったという。これらを解決する鍵となったのが、デザイン思考とテクノロジーの活用だった。

実行にあたっては、各施設の行動履歴をデータ解析し、「A施設は1ヵ月間でマスクが10箱、消毒液5箱が必要」などと需要を算出。購入可能な商品と数量が、その施設に自動でメール配信され、メールを受け取ったら通常のサイトから購入できるようにした。

スキームの開始後は買い占めや転売が解消され、結果的に以前の約5倍の施設が購入可能になった。一定程度のネガティブな反応を覚悟していたものの、ポジティブな応援の声が大きく上回った。取り組み自体を評価する声も多数あったという。
さらに経済産業省や厚生労働省とも連携し、このシステムを通して、物資が不足しがちな小規模クリニックや病児をケアする家庭にも手指消毒液を配送。アスクルはこれらの取り組みで、消費者庁長官表彰など数々の賞を受けた。今後も、大規模災害などで需給バランスが崩れてしまった際にこの仕組みを応用するとともに、物流面の強化も図っていく予定だ。
パーパスに立ち返ることで危機を乗り越え、顧客や社会との関係をさらに強くしてきたアスクル。これらの経験を踏まえて、今後どのような企業を目指していくのだろうか。講演の後半では、宮澤氏からその構想と具体的なアクションが語られた。