「答えは顧客にある」徹底して向き合う文化が社内に根付く
平尾氏が出会った『アントレプレナーの教科書』は、著名な連続起業家であるスティーブン・G・ブランク氏が執筆した書籍だ。この書籍では、革新的な製品を作りながらも顧客のニーズに応えられずに倒産してしまうスタートアップがいくつも存在することを踏まえ、製品開発ではなく顧客開発を軸とした経営手法「顧客開発モデル」について解説している。
「彼が言っていたのは『答えは顧客にある』ということです。顧客を理解し、顧客に刺さるものを忠実に再現したプロダクトを開発し、マーケットに入っていく。振り返ると、自分たちは顧客と向き合うことを十分にやり切れてはいませんでした。コンセプトの話をすることはあっても、それをプロダクトにどのように落とし込んでいくかという『プロダクトレベル』で対話をしたことはなかったんです」(平尾氏)
同書を読んだことをきっかけに、平尾氏たちはより深く顧客と向き合い、顧客を巻き込んでプロダクトを改善する方向へと舵を切った。たとえば既存顧客にオフィスまで来てもらい、普段と同じようにMAGELLANを使ってもらう。その様子を動画にも撮影し、担当者以外のメンバーも含めて顧客の様子を観察する取り組みを始めた。
その頃から過去に解約した企業に対する「チャーンインタビュー」も積極的に実施するようになった。実はチャーンした企業が再導入に至ることも多いという。
「一度必要性を感じていただいていた方には、解約の原因になった部分を改善できれば、もう一度使っていただける可能性がある。これはBtoBビジネスならではの特徴かもしれませんが、一度エントリーしてくださった顧客はすべてクライアント候補になると考えています」(平尾氏)
また新たに「顧客開発会議」を立ち上げ、組織全体で顧客に向き合うことができる体制を整えた。この会議は月に1回全部門を巻き込んで実施するもので、会社にとって重要な指標であるKGIを分解したKPIツリーを作り込む。このツリーが「各部門が入れ子になっている構造であること」が重要で、それによって全員でKGIを追っているという認識を共有していった。
「当時、プロダクトオーナーから『○○の機能を作りたい』という話をされた際に、『これが売れるのかな』と違和感を覚えたことがあったんです。一方でプロダクト開発については開発チームが司るべきという組織論もあり、何が正しいのだろうと悩みました。その時に『アントレプレナーの教科書』を読んで、顧客こそが正しいのだと気づきました。顧客を知って、顧客に1番寄り添ったものを作ればいい。そう考えるようになったことで、社内の体制も変わっていきました」(平尾氏)
短期的には良いことばかりではなく、チームを離れるメンバーもいるなど苦しみも伴った。ただこのタイミングで「顧客と徹底的に向き合い、顧客に近い人間を重んじる」という文化が社内で生まれたことが、その後の成長を引き寄せるきっかけにもなった。

顧客と向き合った結果、セオリーとは異なる道を行くことに
顧客との距離が近づいたことで得られた示唆を踏まえ、平尾氏は後にMAGELLANのPMFに大きな影響を与える2つの意思決定を行った。1つが「顧客のセグメントを絞った」こと。そしてもう1つが「その顧客をハイタッチでサポートするための体制を整えた」ことだ。結果的に、業界に流通するセオリーのいくつかを捨てることになった。
顧客セグメントに関しては、オンライン広告のみを出稿している企業はアプローチ対象から外し、テレビCMのようなオフライン広告を含めた分析ニーズをもつ、エンタープライズ企業に狙いを定めた。前者のケースでも活用は可能であるものの、競合となるツールが既に存在していた。MAGELLANの価値を感じてもらえるチャンスがより大きい後者に絞り込むと決定。この決断によって、風向きが変わった。
「最初はオンライン広告のみを出稿しているベンチャーやSMBは新しいものに積極的だと考え、アプローチをしていました。でも結果的にはチャーンが多く、むしろハードルが高いと思っていたエンタープライズのほうが価値を感じていただけていたんです。アーリーアダプターから攻めるというセオリーだけに頼らず、顧客に向き合い続けていたからこそ、この事実に気づけたのだと思います」(平尾氏)

顧客セグメントを正しく定義した上で、平尾氏は社内の体制を変えた。具体的にはエンタープライズの顧客にしっかり伴走するために、ハイタッチなサポートができる仕組みを作ったのだ。
「当時は『SaaSはセルフサーブが理想』と言われていました。顧客が自発的にプロダクトを使い始める状態を作るのが成功パターンとされていたため、早くオンボーディングを済ませて、なるべく手をかけないようにしようと思っていたんです。ところがMAGELLANの場合は、顧客がプロダクトを使いこなせずに解約に至るケースが散見されていました」(平尾氏)
ここで浮かんだ仮説は、この成功パターンが当てはまりやすいのはSMB向けのSaaSであり、エンタープライズ向けのSaaSでは違うアプロ―チが必要になる、ということだった。それに従い、少なくとも最初の1年はハンズオンで入り込み、プロダクトの価値をしっかりと享受してもらうことを優先し、そのために単価を上げるという判断もした。