コトラー氏も言及していた、変化と長期的な視点の重要性
実は、今回のeWMSの別の講演においても、この観点が取り上げられていた。講師陣のトップを切ったフィリップ・コトラー氏は、利益と社会正義を両立させて成長した経営者の手本として、10年にわたりユニリーバのCEOを務めたポール・ポールマン氏を紹介した。その中には「四半期決算報告などを廃止し、短期主義の横暴を止めた」というものがある。逆に言えば変化と長期的な視点こそが成長を可能にする、と言えるだろう。
ユニリーバは同時に、Doveなどあらゆるブランドでパーパス(経営の目的)に基づいたマーケティングを徹底。これにより、「肌をきれいにする」という機能訴求ではなく「それぞれの女性の美」という価値観に訴えかけるように舵を切り、今日の成功につながっている。
こうしたユニリーバの取り組みはいずれも、星野リゾートの長期にわたるブランド開発ならびに見落とされていた顧客の心に訴えるマーケティング戦略と通じるのではないだろうか。
心が動くとビジネスは伸びる、「生き方としての戦略」
また、昨年のeWMSで登壇し、ビジネスに人間性を役立てる「ヒューマナイジングストラテジー」について述べた一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏(参考記事)に続いて、今回登壇したのは数多くの共著者であるハーバード・ビジネス・スクール教授 竹内弘高氏だ。竹内氏は星野氏とは逆に、日本語で日本人に訴えかけていた。
竹内氏は40年にわたり、野中氏とともに日本のビジネスや思考の根底にある成功の秘訣を、言語化、体系化して世界に伝えている。昨年、日英で上梓した『ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル』(東洋経済新報社)では、日本のお家芸とも言える持続的イノベーションを取り上げた。その一例がホンダだ。創業者の本田宗一郎氏の夢を原動力に、自転車から二輪、四輪、そして今アメリカで爆発的に売れているというHondaJetへと進化し続けている。ホンダのバイク車体わきには翼のエンブレムが刻まれているとおり、商品に夢が込められている。
最近の竹内氏、野中氏共著論文は2本ある。ひとつは、Long Range Planning (LRP)への寄稿、「ヒューマナイジングストラテジー」。ここでは、脳科学に注目し、コロナ禍を抜け出すカギとも言える人間が持つ共感、暗黙知の研究を発表。2つ目はMIT Sloan Management Reviewへの寄稿、「生き方としての戦略」。情報処理、データ分析やビッグデータ一辺倒ではなく、ハートに寄り添うことこそがビジネス成功の秘訣と述べる。
昨年、竹内氏がノーベル賞受賞者、京都大学 iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏、特定非営利活動法人 日本医療政策機構 代表理事 黒川 清氏とともにZoom開催したThe Japan Society of Bostonイベントでは、コロナの終焉に向けた議論が展開された。その中で山中氏は「日本とアメリカは双方から学びあおう」と呼びかけ、日本はアメリカからPCR、ワクチンなどハイテク部分を、そしてアメリカは日本から「マスクをする、手を洗う、うがいをする、靴を脱ぐといったローテク部分」いわゆるファクターXを学ぼう、と提言した。こうしたシンプルで当たり前のこと、つまり生き方がまさに日本ならではの自然との共生、人との共感のプロセスを生んでいる、と竹内氏は言う。
サバイバル状態が続く中、竹内氏は「企業は倫理的なパーパスを持たなければいけない。顧客に価値を与えて社会に貢献する企業が生き残る。自然とともに生き、未来を創ることが、生き方としての戦略なのだ」と述べた。
冒頭で述べた星野氏は締めくくりに、「コロナが終わったら日本にどうぞお越しください」と世界に訴えて、雪山での自身のスキー姿とツイッターアカウントを共有していた。人生を通して自然を大切にしビジネスを育て、産業そして未来に貢献する。それが社会の躍動を可能にする経営者としての生き方を示しているようだった。
