田部さんはどのように、WHO/WHATに向き合ってきたのか?
田部:自分が出したアウトプットに対して、誰がどんな反応をしたのかというリアクションがわかれば、なぜ動いたのか考えることができます。特にWebマーケティングの場合は、日々その数字がとれますよね。
私が8年ほど前に、ラクスルのマーケティング実務を担当していた時、「24時間注文受付」というコピーを作ってリスティング広告で運用してみると、非常に効果が良かったことがあったんです。ECである以上、24時間受け付けているのは当たり前のことで、改めて言う必要はないと思っていたのですが、意外にも良い数字が出た。ここで数字が良かったこと以上に重要なのは、なぜそれが良かったのかを考えることです。この時は、「お客さまは『24時間注文を受け付けている』ということを知らなかったのかもしれない。これをもっと広く伝えていったほうがいいのではないか」と仮説を立て、「24時間注文受付」という言葉をサイト上に大きく入れたり、テレビCMにも採用したりしました。
「今、何と言えばお客さまが動くのか」ということを、自分の中で仮説を作って検証していく。そこから抽出したものをより大きくし、再現性を持たせていくということは、どんな仕事をしていてもできるのです。
MZ:数字だけ見ていても何も見えてきませんが、「なぜ」の部分に思いを馳せて日々運用していくと、WHOやWHATが見えてくる……。
田部:その通りです。特に大切なのが、悪かったものの検証から逃げないことです。
プロ野球の故・野村克也元監督の言葉に「勝ちに不思議な勝ちあり、負けに不思議な負けなし」というものがありますが、これはマーケティングにも当てはまります。勝っている時は、市場環境が急に良くなっていたり、偶然が味方していたりすることもありますが、負けている時には明確な理由があるはずです。それを「商品が良くない」「市場環境が良くない」などと言って、掘り下げようとしない人も多い。悪い理由をしっかりと理解して、打ち手を変えていける人は、確実に伸びます。
下部指標だけで話を進めていないか
MZ:次に挙げていただいたのは、(2)企業価値、事業価値>マーケティングでしたね。これはどういうことでしょうか。
田部:経営者の目線では、マーケティングは投資である以上、成果を判断する指標は事業成長しかありません。だからマーケティング成果も、そこにどれだけ貢献したかで判断すべきというのが私の考えです。
ところがマーケティング業界では、認知率やCPAといった下部指標だけを見て話を進めたり、評価をしてしまうことが少なくありません。事例にしても、そのアクションが何をどれだけ成長させているのかが語られていないことも多い。残念ながら、事業成長に関心が薄く、そうではないものを追っている人がマジョリティです。これはおかしいのではないかと強く思っています。
MZ:さまざまな下部指標は必要ですが、それらはあくまで「下部」であり、事業成長や売上により目を向けるべき、ということでしょうか?
田部:はい。セールスの世界では、売れない人が評価されることはありませんよね。完全なる売上勝負の世界です。手法が美しかった、企画書が綺麗だった、という軸で、評価されることはない。マーケティングも本来的にはそうあるべきだと思います。
所属している会社の事業成長とは何なのかということや、自分が今やっている仕事は本当に事業成長につながっているか、ということを、常に自分に問いかけていく。それが、(3)経営者として1円に執着するという話にもつながります。
マーケティング費は企業の2大コストのひとつ
MZ:経営者として1円に執着する……大切なことですが、実際にこの感覚を持つのは簡単ではないとも思います。
田部:マーケティング費は、多くの会社で人件費と並んで2大コストになっています。テレビCMを実施するような会社だとWebマーケティングにおいて月100万円何て大した額ではないとされていることが多いと思います。そこに一喜一憂できているかという話が重要だと思っています。
その100万円があれば、優秀な人を1人採用できるかもしれない。人を採用する時には何度も面接をして、議論もして、意思決定するはずです。それと同じコストを、Webマーケティングの担当がたった1日で漫然と使うようではいけないのです。Webマーケティング以外に事業成長につながる使い方があるかもしれないし、使わず貯めておくという選択もある。
さまざまな手法の実行部分は、これからさらに自動化されていきます。マーケターとして今後より重要になっていくのは、100万円というお金があった時、自分が詳しくない手法も含めて机に並べて、何をすべきか議論・検討ができる能力だと思います。